ブーバー／フッサール（山口一郎） - Living, Loving, Thinking, Again

山口一郎*1「流れる時間について」『サティア』（東洋大学井上円了記念学術センター）35、pp.18-19、1999

この二人に共通していることの一つに、「第一次世界大戦」という「時代の危機」を生きたといことがあります。両者の遭遇はなく、お互いの思想が直接、影響し合うことはなかったのですが、唯一、ブーバーのフッサールについての言及は、フッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』（一九三六年出版）という書物を書く根本的動機を、「世界大戦」という時代状況がフッサールの熟考を促したことに見ています。
フッサールの描くその当時の時代状況は、次のようなものです。自然科学的世界観が日常生活を支配する中で、事物の物理―化学的観測や心の動きの規則性が明らかになっていく一方、「『いったい何のために生きるのか』という人間の持つ根本的な問いに対する答えは見失われています。信仰や美的な体験にそれを求める人はいても、客観的で普遍的であるはずの学問にそれを求めることは疑問視され、断念されてしまいます。
どうしてそうなっているのか、その原因をフッサールは、自然科学が、唯一客観的学問として、哲学的反省を経ずに、日常生活にそのまま受け入れられていること、自然科学がどんなふうに成り立ってきているのか、実は、その由来を日常生活という私達の生活の世界にもっているのですが、そのことを自然科学的世界観を生きる人々が忘れてしまっていることに見ています。フッサールが築いてきた現象学は、この自然科学的世界観の根底とその相対性を反省の明るみにもたらし、人間全体にかかわる問題に解決を与えることのできる哲学であろうとします。
ブーバーは、このようなフッサールの時代状況の描写を適切とはみますが、問題の解決をフッサールとは異なった方向に見ています。同じく人間全体に関わるのですが、ブーバーにとって、この「人間全体」は、すでに与えられている何か、所有されている何かではなく、人間各自が実現することのできる課題であるというのです。この人間全体が実現されるのは、「我―汝―関係」という、人間がまったく自分を忘れるほどに無心になって、そのことに成りきる生き方が実現するときであって、それによってのみ、時代の危機が乗り越えらられると考えます。（pp.18-19)

ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学

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「時間」論を巡って；

時間について二人に共通な考えば、自然科学的世界観で確実に、人間の主観に無関係に実在すると考えられている客観的時間と空間は、実は人間の側でそれとして作り上がられているのだ、という考えです。
フッサールの場合、確実にあるのは、各自の意識活動と無意識的な活動に伴って流れている「内的な時間の流れ」で、この時間の流れが、元々の自他の区別を欠いた匿名的な流れから、自他の区別を伴う各自の時間の流れへと発展して、それらが共有する時間の流れになるとき、客観的時間の基礎が造られると考え、その形成のされ方を詳細に解明しました。つまり、客観的時間が生成してくるその発生に、哲学的反省の方法を駆使して遡り、匿名的な宇宙的死体を流れる時間に、その起源を見出しました。
ブーバーの場合、「祈りが時間の中にあるのではなく、時間が祈りの中にあり、犠牲が空間の中にあるのではなく、空間が犠牲の中にある。この関係を逆にする人は現実を見失う」という、彼の代表作『我と汝』の文章にみられるように、「祈り」や「犠牲」が一例になる、その人の全体が実現する「我―汝―関係」のなかにこそ、時間と空間が生じているのであって、始めから「何時何分にどこで」という客観的時間と空間のなかで「祈り」とか「犠牲」とかいった物事が起こるのではない、というのです。客観的時間と空間は、「我―汝―関係」が繰り返された後に形成されてくる「主観と客観の対立関係」を意味する「我―それ―関係」の枠組みを意味し「我―汝―関係」が成立しているときには、その枠組みは突破され、克服されている、とされます。（p.19）