孤独と愛!

西垣通*1「なつかしい一冊 我と汝・対話」『毎日新聞』2020年12月12日


マルティン・ブーバー*2『我と汝』について。


広く流布しているのは岩波文庫版だが、愛読していたのは創文社刊行の野口啓祐訳のほうで、邦題は「孤独と愛」という。何と昭和の香りがする書名ではないか⋯⋯。今の若者はこんな野暮なタイトルの本は買わないだろう。けれど実は、孤独も愛も決して消えたわけではなく、現代社会のあちこちの片隅で、切れぎれにあえいでいる。
創文社から出ていたのは知らなかった。

「我と汝」が書かれたのは一九二三年だが、著者はすでに百年前、現在のデジタル世界を予感していたように思える。人工知能脳科学も、扱えるのは「それ」だけで、「なんじ」とは無縁な存在だ。だが両者は世界の説明原理と見なされ、人間はますます正札付き機械部品と化していく。
そんな状況のもとでも、われわれは孤独や愛を忘れ去ることはできない。なぜなら、「生きる」とはそういうことだからだ。
ブーバーからは離れるが、「孤独」については、lonelinessを拒絶しつつsolitudeを肯定しなければならないと考えている*3