「数学化」してはいけない領域はないのだけど

作者:エドムント・フッサール
メディア: 単行本

「現象学の意味とはあまりに数学化されたヨーロッパの学問から体験的統一性を取り戻すことにあった　～フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』」https://www.waka-rukana.com/entry/276/2020.12.31

エドムント・フッサールの『危機』書*1について。
「フッサールはヨーロッパの学問があらゆるところで数学化されていることを見てとり、本来数学化してはいけないであろう領域にまで学問によって数学化されていると判断したそうです」という文が引っかかった。フッサールは「本来数学化してはいけないであろう領域」を設定して、警備員の如く、ここから先は数学は立入禁止だぞと通せんぼしているわけではない。また、数式が全然出てこない古代希臘の数学に戻れ！　と言っているわけでもない。フッサールが感じた「危機」というのはちょっと別のところにある。「理念の衣」という言葉も用いられているが、数式によって、数理化される以前の現実が覆い隠されてしまうことが問題なわけだ。数理化される以前の現実とはどういうことか。数理化された科学を知らずとも、私たちは感覚器官によって世界を知覚し、自然言語によって世界を分節化し、それなりに秩序ある世界を構成している。所謂生活世界。数理的な科学が確立されると、科学以前の世界が覆い隠されてしまう。さらに、日常的な世界は科学的に構成された世界の素朴で不正確なパッチモンのように貶められてしまう。しかし、これは逆の話で、科学というのは私たちの日常的な知覚や観念を洗練し・抽象化したものである。例えば、温度という科学的概念は私たちの熱い／冷たいという感覚がなければ成立もしなかったし、理解もできない。また、私たちが科学論文を理解できるのは、私たちが（科学以前の）英語とか日本語とかを理解できるからだ。しかし、科学は自らのルーツである生活世界の感覚からどんどん遠ざかってゆき、終いにはそれを忘却してしまいがちになる。勿論、科学の発展（洗練）と生活世界との乖離を止めることはできないのだが、哲学者としては、何とか科学と生活世界との架橋を見出し、科学にそのルーツを忘却させないということが課題となる。『危機』書の意義の一端とはこんなものではないのでしょうか？　マルクスが言及されているけど、マルクスに『危機』とパラレルな箇所を探すとしたら、資本主義によって世界が交換価値に覆い尽くされてしまうという指摘だろう。
ところで、最近『危機』はハンナ・アレントの『人間の条件』*2によって補完されなければならないと考えている。或いは、『人間の条件』の入り組んだ記述を理解するためには『危機』という補助線が有用なんじゃないか（Cf. 國分功一郎『原子力時代における哲学』*3 ）。

The Human Condition: Second Edition

作者:Arendt, Hannah,Canovan, Margaret
発売日: 1998/12/01
メディア: ペーパーバック

原子力時代における哲学 (犀の教室)

作者:國分功一郎
発売日: 2019/09/25
メディア: 単行本

*3:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/11/22/100637 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/03/25/153557