「第一の歴史的行為」(メモ)

新・岩波講座 哲学〈5〉自然とコスモス

新・岩波講座 哲学〈5〉自然とコスモス

礒江景孜「自然と歴史」*1(in 『新・岩波講座哲学5 自然とコスモス』、pp.60-84)から。


「第一の歴史的行為」(die erste geschichtliche Tat)(マルクスエンゲルス『ドイツ・イデオロギー』)を巡って。
「諸個人の生存に不可欠なものとして食うこと、住むこと、着ること等、およびこれらの欲求を充足するための物質的生活の生産」。また、「新しい欲望の産出と家族における個人の再生産」(p.71)。『ドイツ・イデオロギー*2の表現では、「ただ人間の生命をつなぐためにも、今日なお数千年前と同じく日々刻々にやり遂げればならない歴史的行為」*3。ミシェル・アンリの言い方では「歴史の超越論的制約」「メタ歴史学的根拠」*4

ドイツ・イデオロギー 新編輯版 (岩波文庫)

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注目すべきは「第一の歴史的行為」が自然への身体媒介的な関係を含むということである。感性的身体的存在としての諸個人のこの「関係」は二重の意味をもつと思われる。人間は一方で「自然存在」として他の動物や自然物の中の一つの物であり、動物などと同様に物質的‐生命的自然として構成されている。動物は人間と同じように食べ住居をつくる。この物‐身体と他物との「関係」は一面的な物的実在的関係である。しかし人間の身体は主観‐身体として意識されるがゆえに、それの自然への「関係」は単に物的ではなくて実践的‐志向的な関係である。「一つの関係が存在するばあいには、それは私にとって存在する。動物は何ものにも〈関係する〉(sich verhalten)ことなく、また一般に関係しない。動物にとっては他のものへの関係は、関係としては存在しない。」*5つまり人間に固有な存在様式はは彼がいつでもすでに何者かへと関係(交渉)することにあり、この実践的関係において意識が証示される。「意識ははじめから純粋意識としてある」のではなく、精神は物質に取憑かれており、物質から全く独立した思惟実体ではない。それは「切り離されて」(apart)あるのではなく何ものかへの意識である。したがって物もそれ自体だけで切り離してしまえば何ものでもなくなる。物が何物かであるということは物が意味づけられた物であるということである。
「感覚と自然との相関性はとM・アンリは言う、「フッサールが存在への関係の中核に、この関係の根本的規定として認めたノエシスノエマ的相関性を予示している」。しかも人間的感覚、あるいは感性的意識は動物のそれのように固定された機能ではなく自然へと全面的に開かれて発展しうるがゆえに、この相関性は固定化されているのではなくて歴史的に動的である。ここに人間的自然の歴史が成立しうる。「五感の形成はいままでの全世界史の一つの労作である。」*6
意識は最初は単に「身近な感性的環境についての意識」であり、環境に属する他者や事物との「かぎられた連関の意識」であり、同時にそれが「自然の意識」である。自然は人間に対して圧倒的な力をもって現われ威圧するが、意識の発展と共に自然も歴史的に変更される。環境は私の環境であり、また諸個人相互の共通な環境でもあるが、この人間に相関的な自然はいつでも一定の関係のうちに成立する。自然へのこの一定の関係は人間相互の関係としての社会形態によって制約されると共に、逆に人間相互のこの関係は自然への人間の関係によって制約される。こうして歴史の諸段階は「自然への歴史的につくりだされた関係」と「個人相互の歴史的につくりだされた関係」を先行世代から伝承されており、かつその伝承を新しく変更する。こうして人間は環境(Umstande)をつくるばかりか、「環境」が人間をつくる。私の周囲に相関的に存立している環境は歴史的環境である。(pp.71-73)

*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160325/1458863775 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160325/1458863775

*2:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050721 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060810/1155212250 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091130/1259594080

*3:但し、ここで準拠されているのは古在由重訳のヴァージョン。

*4:M. Henry Marx translated by K. Mclaughlin, p.93

*5:『ドイツ・イデオロギー』からの引用。

*6:『経済学・哲学草稿』からの引用。

経済学・哲学草稿 (岩波文庫 白 124-2)

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