「現象」だった

大井浩一*1「『ノルウェイの森』現象を再考する」『毎日新聞』2022年7月24日


ノルウェイの森*2は未読なのだった。
村上春樹の『ノルウェイの森』は1987年9月に刊行され、「1年足らずで上・下巻計200万部を超えるベストセラーとなり、「村上春樹現象」と呼ばれるブームを巻き起こした」という。勿論、売れていたということは同時代的に知っていたが、その出来事が「村上春樹現象」と呼ばれていたことは知らなかった。


ベストセラーとなった原因には、「著者自装」による赤と深緑のシンプルでしゃれた装丁、帯に記された「一〇〇パーセントの恋愛小説」のコピーなどが挙げられてきた*3。翌88年の出版界を振り返った本紙同年12月19日朝刊の記事を見ると、「昨年秋発売以来またたく間にベスト・セラー街道を直進、今年後半までベスト1の位置をキープし続け、上下巻合わせて三百万部を突破した」とある。
ただ、ファッショナブルな外観とは裏腹に、かなり暗い、重苦しい内容の作品である。登場人物が次々と死ぬ。刊行当時から「死のにおいは立ちこめている」などと評された通りだ*4
結局「村上春樹現象」が何故起こったのかはわからない。
作者である村上春樹の『ノルウェイの森』に対するスタンスは「少しずつ変わってきた」。「ある程度客観的に眺められるようになるのに一定の時間の経過を必要としたようなのだ」。

この小説は86年末から87年春にかけてヨーロッパで書かれ、村上さんが初めて海外で執筆した長編だった。背景として作家が繰り返し語った一つは、40歳を前に「自分が今人生の一番大事な時期のひとつに差しかかりつつある」(前掲「自作を語る」*5と実感していたこと。また、バブル経済下の消費社会に対する違和感があったようだ。そこで、「今のこの難しい時期にしかやえれないことをきちんとやって」おくために「精神の集中力が必要である」と考えた村上さんは、雑音の多い日本を出て、創作に集中できる環境を海外に求めたのだった。