「変化」(メモ)


ハンナ・アーレント (ちくま新書)

ハンナ・アーレント (ちくま新書)

Eichmann in Jerusalem (Penguin Classics)

Eichmann in Jerusalem (Penguin Classics)

森分大輔『ハンナ・アーレント*1からメモ。
イェルサレムアイヒマン*2におけるアレントの「見解の変化」を巡って。


(前略)全体主義研究者としてのアーレントの見解の変化も看取できる。例えば「容赦のない厳しさ」をナチが貫徹できなかったことの確認は、以前の作品には見出せなかった。
また、アイヒマンが繰り返し法廷で表明したイデオロギーに対してアーレントがその内容に関心を示さなかったことも、以前の作品との違いを感じさせる。『エルサレムアイヒマン』が法廷の報告という体裁である点からも当然とも言える態度だが、全体主義との思想的対決にある程度の目途がついていたことも無関係ではないだろう。『人間の条件』や『革命について』で全体主義克服の方途は確認されており、これ以降に発表される『全体主義の起源』の改訂版にそれが反映される点からも理解できる態度である。
法定でアイヒマンが口走ったイデオロギー的な定型句の内容に関心を払わなかったアーレントであるが、そうした定型句を繰り返した事実には関心を示した。(略)悪の凡庸さに関係するためである。さらにそれは、晩年の哲学的著作である『精神の生活』へと繋がっていくことになる。(p.225)
The Human Condition: Second Edition

The Human Condition: Second Edition

On Revolution (Classic, 20th-Century, Penguin)

On Revolution (Classic, 20th-Century, Penguin)

The Origins of Totalitarianism (Harvest Book, Hb244)

The Origins of Totalitarianism (Harvest Book, Hb244)

The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)

The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)


これら以外の変化として、とりわけ次の三点は、検討しておく必要があるだろう。第一は、全体主義が構築しようとした「忘却の穴」はそもそも意図からして無理があり、「反対者たちを〈沈黙せる匿名性のうちに消滅させ〉ようとするすべての努力も空しかった」ことを指摘した。現実改編という全体主義の試みは「誰かが必ず生き残り証言する」ことで破綻することを確認したのである。(pp.225-226

第二の変化は、ナチの中核やアイヒマンの上司でまさにその一員だったハインリヒ・ヒムラーは、イデオロギーの完全な信奉者ではなかったことである。イデオロギー的思考様式に馴染み現実を無視する中核メンバーという前作のイメージとは異なっている。
第三の変化は、「悪の凡庸さ」という表現に示された、全体主義のなした悪に対する見解の変化である。地上の「地獄」を作り出し、人間を「反応の束」へ周到に作り変えた態勢で中核を担ったものは、「根源悪」を取り上げて考察せねばならないほどに理解困難だった。しかし(略)アイヒマンの描写は、そうしたイデオロギー的狂信とはほど遠いものであり、「悪の凡庸さ」とアーレントが思わず表現してしまうような姿を露呈している。悪に関する認識の変化も示されたのである。(pp.226-227)