女系の物語など

以下ネタバレを含むので注意されたし。
宮崎駿*1の『君たちはどう生きるか*2の軸は2つあるように思われる。ひとつは、空襲で母親(ヒサコ)を亡くした主人公の牧眞人(山時聡真)が母親の死及び父親の再婚(しかも母親の実の妹との)を受け容れるという実存的な課題。もうひとつは、新しい母親であるナツコを救うための、眞人による黄泉国*3(「下の世界」)への下降と現世への帰還(黄泉帰り=甦り)である。眞人を「下の世界」へと導くのは「アオサギ」(菅田将暉)だが、何故「アオサギ」でなければいけないのか? 「下の世界」は鳥類によって支配されている世界でもある*4ペリカンと鸚哥。ここでも、何故ペリカンと鸚哥なのか、これらの象徴的な意味は何なのか? という疑問が生じる。「下の世界」は或る種の山中他界というか、山に属している。しかし、その世界の多くは、海辺或いは大海原である。ここに山/海という範疇の意図的な混乱があるのだけど、他界としての海ということで、『ポニョ』を想起してしまう。
物語では「下の世界」は崩壊して、鸚哥もペリカンも現世に逃げてくる。思ったのは、これ以降世界の構造はどうなってしまうのか? ということだ。黄泉国下りといえば、『古事記』におけるイザナキの物語*5だけど、イザナキのタブー侵犯によって惹き起こされた大混乱はあったものの、黄泉/中国/高天原という世界の構造は維持されたのだった。ここで崩壊したのは、「大叔父」が知ろし召そうとした「下の世界」であって、「大叔父」以前から、人間の現世が存在する限り存在していた、「フワフワ」が発生する世界としての「下の世界」は、これ以降も現世が存在する限り、存在し続けるということなのだろうか。
さて、『君たちはどう生きるか』を観ていて気づいたのは、父親(シュウイチ)の存在感の薄さである。木村拓哉が父親を演じるようになったのか! 『ハウルの動く城』からもう20年以上経っているんだよね! と感慨深いというのはあるのだけど、それはともかくとして、その存在感の薄さは シュウイチの個人的資質の問題ではなく、もっと構造的な問題だといえるだろう。物語の舞台になるのはヒサコやナツコの実家である。その豪邸に屯する婆さんたちもシュウイチではなく、ヒサコやナツコの実家の奉公人である。 シュウイチはあくまでも疎開してきた居候、或いは入り婿であるにすぎない。シュウイチや眞人が住むのは豪壮な母屋(日本家屋)の脇にあるちんまりとした洋館である。また、『君たちはどう生きるか』の全体は、眞人が(「大叔父」も含めて)母(たち)の家の物語に巻き込まれていく物語であるともいえる。戦争が終わったことによって、眞人たちは東京(父の家)への帰還を果たす*6。しかし、それが母(たち)の家の物語からの解放であるかどうかはわからない。
最後に、『君たちはどう生きるか』というタイトルに少しは触れなければならないだろう。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか*7はヒサコが将来息子(眞人)が読むために買っておいた本のうちの1冊として登場する。眞人がそれを読んだかどうかも不明である。まあ、ストーリーとは関係ないし、岩波文化なんか知らないよ! という英語圏向けにはThe Boy and the Heron(『少年と青鷺』)というべたなタイトルがつけられているので、無視すればいいのかも知れない。しかし、無視するには、このタイトルは力強すぎる。強く呼びかけ、問いかけているのだ。意味がわからないまま、『君たちはどう生きるか』という問いかけは響き続ける。問いかけられた「君たち」とは誰なのか、また誰が問いかけているのか、という疑問もともに。

See also


山下ゆ*8「『君たちはどう生きるか』」https://morningrain.hatenablog.com/entry/2023/08/11/235829

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20081013/1223865948 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20081205/1228412291 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20081211/1228971729 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090215/1234633284 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100524/1274712837 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130721/1374370019 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130918/1379519752 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131010/1381432784 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20140704/1404408105 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20161203/1480729707 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170512/1494557833 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170530/1496157674 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170825/1503636968 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171026/1509028010 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180407/1523067888 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180411/1523468023 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/18/110311 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/12/091300 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/23/011959 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/04/004252 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/20/005910 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/12/31/084713 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/03/17/092933 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/29/103741 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/01/15/022748 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/11/132649 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/08/20/094943 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/12/21/152040 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/01/17/105922

*2:See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%8B_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

*3:ここでは、死者の世界であるとともに、生命が発生する世界だということになっている。

*4:鳥類は「下」ではなく、上(空)に属すべきものだといえる。

*5:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100413/1271179295 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170812/1502551766 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/11/28/150101

*6:これは 黄泉帰り=甦りとパラレルなのか?

*7:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180213/1518476359 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180223/1519390653 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180301/1519907714 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180303/1520088990 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180525/1527257183 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180531/1527737235 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180604/1528046358 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/18/095718 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/21/145555

*8:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060915/1158340807 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131228/1388192793 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/01/03/140102 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/03/16/110220 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/01/26/133103