「モモちゃん」は凄いなど

先ずは先月の『朝日』の記事;


邪馬台国の地、皆既日食で決着か 岩屋戸神話から推論

2010年3月29日21時33分


邪馬台国があったのは畿内か九州か、天文学の立場から論争に決着をつけられないかと、国立天文台の2人の学者が挑んでいる。

 邪馬台国は3世紀ごろ、あったとされ、クニの始まりは1世紀ごろという説がある。手がかりとして、国立天文台の谷川清隆特別客員研究員と相馬充助教が2年かけて調べたのは、その間の1〜3世紀に日本付近であった皆既日食の通り道だ。

 皆既日食が見られる皆既帯の場所は限られる。邪馬台国皆既日食が見えたのではないかという推論をもとにした。

 推論の根拠は日本書紀だ。天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋戸(いわやと)に隠れ、辺りが闇に包まれたという神話が描かれている。記述が具体的であることから、この描写は皆既日食を指しているという解釈がある。天照大神卑弥呼だったのではないかとの説もあり、岩屋戸神話は邪馬台国など文明地で実際に見られた皆既日食に基づいているのではないか、と推論した。

 1〜3世紀には53年、158年、247年、248年の4回の皆既日食があったことが計算上わかっている。

 問題となったのは、地球の自転だった。月の引力などの影響を受け、地球が1回転する時間は少しずつ長くなっている。このため、約2千年前に起きた日食の場所をシミュレーションするには、時刻の補正が必要だった。

 2人は朝鮮の歴史書「三国遺事(さんごくいじ)」に出てくる「新羅(しらぎ)地方で太陽の光が消えた」との記述に着目、これが新羅で見えた158年の日食と特定した。そこから導いた補正の幅から、248年の皆既帯は東北地方、247年の日食は日本では日没後で、畿内、九州いずれも皆既日食が見られなかったことがわかった。

 158年の日食は、朝鮮半島から山口、愛媛で日没直前の午後7時すぎに20秒ほど皆既になったが、これも畿内、九州は外れていた。

 53年の皆既日食は西日本を通っていた。午前11時すぎに30秒ほど皆既になっていた。時代が古いぶん、補正の誤差を絞りきれなかったが、誤差の範囲に畿内も九州も含まれていた。

 谷川さんは「誤差を縮められれば、皆既帯を絞れる。それを導き出せるような、この時期の天文現象を記した文献が世界のどこかに残っていないか、探したい」と話している。(東山正宜)
http://www.asahi.com/science/update/0328/TKY201003270428.html

だから理系はしょうがねぇなという話ではある。結局結論はでなかったようだけど。そもそも神であるアマテラスと(実在する可能性が高い)人間である卑弥呼とをストレートに比較しようっていうのが無理な話だ。『日本書紀』や『古事記』を編纂した古代の日本人にしても、イワレヒコ(神武)を境にして、それ以降の人間的歴史とそれ以前とは取り敢えず別物だという感覚は持っていたのではないか(これについては、西郷信綱古事記の世界』*1をマークしておく)。
古事記の世界 (岩波新書 青版 E-23) (岩波新書 青版 654)

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さて、数か月前に天皇陵発掘問題が話題になったことがあった*2。また、奈良県桜井市の「箸墓古墳」を巡る日本共産党の吉井英勝代議士と宮内庁との国会における論戦が紹介されている*3。「箸墓古墳」は卑弥呼の墓である可能性が高いといわれているが、宮内庁の見解によれば、「ヤマトトトヒモモソヒメノミコト」(「倭迹迹日百襲媛命」)の墓だということになっている。国会での論戦を紹介した方は、「モモちゃん」の父親の孝霊天皇の実在の可能性はきわめて低く、故に「宮内庁箸墓古墳に眠ってると主張するモモちゃんって架空の人物なんですよ」といっている。
とはいえ、「モモちゃん」が架空であれ実在であれ、興味深い存在であることには変わりはない。伝えられるところによれば、「モモちゃん」は、予言を的中させるなど、シャーマンとしてのカリスマ性が凄かったらしい。また、神話論(物語論)的に言えば、「モモちゃん」はアマテラスの変奏(a variation)である。重要なのは「箸墓」の由来ともなった「モモちゃん」の死である。「モモちゃん」は大物主神と結婚したが、夫である大物主神が蛇であることを知って驚き、その拍子に自らの萬古に箸が突き刺さって、亡くなった。『日本書紀』の「一書」によれば、アマテラスも弟スサノオの狼藉によって自らの性器を傷つけている*4。とすれば、「モモちゃん」のエピソードはアマテラスのエピソードの反復であるといえる。但し、


高天原/地上
弟との確執/夫婦間の確執
蘇生する(但し女性性の喪失という代償を払って)/死ぬ


という違いはあるけれど。伊勢神宮のアマテラスが蛇であるという伝承もあるようなのだが、それはともかくとして、蛇との結婚。まあ、日本には蛤女房とか鶴女房といった異類婚の説話は多くある。ただ、民間の説話の場合、その多くは女性(妻)が異類だということになっているようだ。その意味では、「モモちゃん」にはジェンダー的逆転が起こっている。神話において、異類婚といえば神武天皇の祖母(山幸の妻)であるトヨタマビメ(豊玉毘売)*5トヨタマビメは海神の娘であり、明らかなのだけれど、異類婚説話の背景としては、やはり異部族/異民族との婚姻があるのだろうとは推測しておく。
「モモちゃん」よりも数代後に属するとされる倭姫命も興味深い。八咫鏡を携えて諸国を放浪し、伊勢の地にアマテラスの社を確定した、謂わば伊勢神宮の教祖的な存在。
ただ、アマテラス信仰或いは伊勢信仰自体が天武天皇の代になって出現した〈新宗教〉にすぎなかったという説もあり(Eg. 岡田英弘倭国』)。

倭国―東アジア世界の中で (中公新書 (482))

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