団塊の子どもの頃

となりのトトロ*1の時代設定は1950年代。7月に『鈴木敏夫ジブリ展』*2を観て、『となりのトトロ』の上映時の主要なターゲットが団塊の世代とその子どもたちだったことを知った。鈴木敏夫もそうだけど、団塊の世代は1950年代に子ども時代を過ごしている。パパの子ども時代はねぇ……という会話のネタになることが期待されていたのだろうか。『トトロ』に出てくる電話を巡る展開も、1980年代の子どもには既に理解困難だった筈だ。病院からの電報が届いて、「本家」に行って電話を貸してもらい、父親の大学に電話をかけて父親を呼び出してもらい、次に一旦電話を切って、父親が病院に電話して、父親の返事を待つ*3
宮崎駿が所沢に定住したのは1958年のこと(Cf. スタジオジブリ編『トトロの生まれたところ』)。『トトロ』が1958年の物語だとすると、小学6年生の「サツキ」は東京オリンピックの頃に大学生になるということになる。

Nodoka Konishi「トトロは人間と戦って敗れた“トトロ族”の末裔だった。宮崎駿監督の構想が壮大すぎる」https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_62f9ecffe4b045e6f6aec107


2016年に配信された、鈴木敏夫押井守川上量生の鼎談*4から。
「鈴木さんは「(宮崎監督は)バランスの人なのよ」と言うと、『となりのトトロ』について、当初宮崎監督から聞いていた内容について明かした」;


「一番最初に僕が聞いた話はね、かつてトトロ族っていうのがいたって。それで太古の昔、人間とトトロ族が戦うんですよ。それで人間の方が優れてたっていうか、トトロ族やっつけられちゃうわけ。その中の生き残りがいたんですよ。それが、時代時代の中でひょこっと顔を出す。それがあるときはもののけと言われたり、あるときはお化けと言われたり、そういう話だったんですよ」

驚きの設定に、スタジオでも笑い声が上がる。川上さんが「全然違うじゃないですか」と言うと、押井監督が「最初割と壮大なところから考えるけど、いざ作り始めると、キャラクターの周りだけになっちゃうんだよ」と説明。

鈴木さんは笑いながら続ける。

「それで現代においては、所沢にトトロ族の末裔がひょこっと顔を出したという話なんだってことを言い出すわけですよ。そうするとトトロ族と人間族の戦いは一体どこ行ったのって」

この設定だけ聞くと、『平成狸合戦ぽんぽこ』((Mentioned in にも通じるものを感じる。川上さんがそう言及すると、鈴木さんは「人間に滅ぼされたものたちなんですよトトロ族っていうのは」と応じた。

宮崎監督は人間とトトロ族の戦いについて絵も描いているのだという。

また、

宮崎監督本人はトトロについてどんな思い入れがあるのか。本人が監修した書籍「トトロの生まれたところ」では、トトロについて「とても大事なことは、トトロというのは、馬鹿か利口かと言ったら、ものすごく大きな馬鹿だということ」とコメントしている。

なにを考えているか分からない、もしかしたら何も考えていないかもしれない、そういったキャラクターを作りたかったのだという。「すぐ愛想を振りまいたり、目をキョロキョロさせたりする、そういうキャラクターではない」「わかりやすい形で何かを表現しているわけではないけど、大きな存在」であり、あまりものを考えている顔にしないよう神経を使っていたと語った。

しかしキャラクターグッズを作って売っている間に「雑念が押し寄せ」、いつの間にか違うものになったとも感じているといい、「愛想を振りまきすぎたんじゃないですかね」とも述べていた。