「党」はなし - Living, Loving, Thinking, Again

1848年に「共産主義者同盟」のマニフェストとして発表されたManifest der Kommunistischen Oartei（『共産党宣言』*1）の金塚貞文による新訳を『共産主義者宣言』に解題するように、柄谷行人氏*2は提言した。

（前略）『共産党宣言』は、たしかにドイツ語からの訳としてはまちがいではない。しかし、これは一八四六年に国際組織である「共産主義者同盟」によって出された文書であり、それ以後「共産党」が結成されたわけではなく、またそれが目指されたわけでもない。「党」という語には、レーニン以後に与えられたような特別な意味はなかった。それは「同盟」と大差がなかったのだ。事実、英語圏では、本書はもっぱらThe Communist Manifestoとして知られており、「党」は省かれている。だから、私は「共産主義者宣言」と訳すことを提案したのである。（「刊行に寄せて――なぜ『共産主義者宣言』か」、p.113）

「共産党」が文字どおり出現したのは、ロシア革命後である。それは、レーニンが率いるロシアの「社会民主労働党」左派、つまりボルシェビキ（多数派という意味）が名乗ったものであり、その後に各国で形成された。「共産党」と名乗ることであたかも彼らが『共産党宣言』の正統的な後継者であるかのように思わせたのである。しかし、実際には、それは『宣言』とはまるで異なるものであった。
『宣言』が書かれた時期、あるいはそれ以後にも、ヨーロッパに存在していたのは、社会主義者らの「アソシエーション」であり、それが「第一インターナショナル」となった。そこでは、のちにあマルクス主義者と呼ばれる者とアナーキストと呼ばれる者が連合していたのである。彼らの間に理論的対立はあったが、『宣言』に書かれた事柄に関してはべつに異議はなかった。『宣言』はすぐに各国語に訳されたし、その後においても、たとえばバクーニンはマルクスと激しく論争していたにもかかわらず、『資本論』をロシア語に訳そうとした。彼らの対立が敵対されるようになったのはロシア革命以後である。たとえば、日本で最初に『共産党宣言』（一九〇六年）を翻訳したのは、アナーキスト幸徳秋水と堺利彦である。そこから見ても、『宣言』における「共産党」がいかにロシア革命以後のそれと異質であったかは明白である。
『宣言』の特徴は、第一に、きわめて個人主義的であることである。つまり、共産主義者は諸個人であり、そうした諸個人の連合として同盟なりパーティがある。これはレーニン以後の「前衛党」、プラトンの言う「哲学者＝王」のごとき少数者が真理を握り他の者を指導するといった形態とは全く異質である。第二に、それはインターナショナルである。しかも、注意すべきことは、このインターナショナリズムは、各ネーションがあって、その代表が交流するという意味ではない。そもそも（略）この時点では、われわれの言うようなネーション＝ステートはほとんど形成されておらず、それを形成すること自体が共産主義者の課題であるような地域が大多数だったのである。したがって。このインターナショナリズムは諸個人の国境を越えた連合を意味する。
かくして、『共産党宣言』という名称は、それが当時もち、また今日もつであろう意義からみて、『共産主義者宣言』と訳し変えなければならない。その場合、「共産主義」という訳語にも、注意を払う必要がある。communismとはコンミューン主義である。それはブルジョア的個人主義ではないが、共同体主義communalismや集産主義collectivismでもない。というより、そのいずれにも対立するものだ。イタリアの思想家ネグリが、communismとは単独性singularityの解放だと言ったのは、まさにその意味においてである。（後略）（pp.114-116）

共産党宣言 (岩波文庫白 124-5)

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*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050604 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090804/1249353677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120608/1339172324 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130520/1369010237 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180514/1526232431 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180705/1530755630