甘藷試作地

2024年7月3日。


千葉県指定史跡 青木昆陽甘藷試作地*1(...)
所在地 千葉市花見川区幕張町4丁目598番1
指定日 昭和29年12月21日


 この地は、享保20年(1735)八代将軍吉宗の命により、青木昆陽*2が薩摩芋を試験栽培し、成功した所です。
 昆陽は江戸日本橋の魚商の子で本名を文蔵と称し、京都で儒学を伊藤東涯*3に学びました。江戸に帰ったのち町奉行大岡越前守に抜擢され、幕府書物方に登用され古文書調査・蘭学研究に励む一方「藩薯考」を著し甘藷栽培を説き、救荒食として飢饉に備えるよう吉宗に上書し認められました。甘藷は小石川養生園(現植物園)、下総馬加村(現在地)、上総豊海(九十九里町)で試作されましたが、現在地のみが成功しました。
甘藷栽培を紹介した人は昆陽以前にもいましたが、関東地方に広めたのは昆陽が最初であり、幕府の事業として実施したため全国に影響を与えました。その後幕府における甘藷栽培は次第に増え、天明の大飢饉にも甘藷のおかげで餓死者は皆無であったと伝えています。天保年間(1830-40)には、検見川で甘藷から飴も製造されるようになりました。
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平成9年3月  千葉市教育委員会


青木昆陽先生/顕彰碑」。
千葉市幕張町4丁目*4