柳田國男/宇沢弘文(柄谷行人)

柄谷行人*1『遊動論 柳田国男と山人』から。


(前略)私のみるかぎり、柳田の農政学を回復しているのは、柳田と無縁で、おそらく柳田について無知な経済学者、宇沢弘文*2である。宇沢はいわゆる近代経済学者であったが、新古典派およびケインズ主義の批判から、「社会的共通資本」(共有財)という考えに到達した。たとえば、水田はたんなる生産手段ではない。それは、蒸発―降雨という水循環をもたらし、周囲の環境を形成する社会的共有財であって、私有財産に還元されえない。同様に、農村は、個々の農家あるいは農業に還元されない。それらを足し合わせた以上の社会的共有財(コモンズ)としてある。
宇沢の考えでは、これまでの日本の農政は、個々の農家を経営単位として、その経営的規模を大きくし、労働生産性を高めることによって、工業部門と比較して劣らないものとし、他の国々の農業とも競争しうる効率的なものにするということに焦点がおかれてきた。しかし、《独立した生産、経営単位としてとられるべきものは、一戸一戸の農家ではなく、一つ一つのコモンズとしての農村でなければならない》(『社会的共通資本』)。
コモンズとしての農村は、林業水産業、牧畜などを含む生産だけではなく、それらの加工、販売、研究開発を統合的に、計画的に実行する一つの社会的組織である。それは、数十戸ないし百戸前後からなる。宇沢が提唱することは、柳田がかつて提唱したことと同じである。さらに、宇沢弘文は、三里塚の農民運動にコミットして「三里塚農社」を設立した。つぎの言葉は、柳田国男を想起させずにいない。

「社」という言葉はおそらく、コモンズの訳語として最適なものではないだろうか。というより、コモンズよりもっと適切に、私がここで主張したいことを表現する言葉であるといった方がよいかもしれない。社という言葉はもともと土をたがやすという意味をもっていた。それが、耕作の神、さらには土地の神を意味し、さらに、それをまつった建築物を指すようになった。社は、村の中心となり、村人たちは、社に集まって相談し、重要なことを決めるようになっていった。そして、社は、人々の集まり、組織集団を指すようになったといわれている。
元代の終わり頃には、社は行政のもっとも小さな単位でであった。「農家五十戸をもって社となす」と、当時の文献に残っている。(中略)*3社はまさに、コモンズそのものであったといってもよい。(同前)(pp.65-67)
社会的共通資本 (岩波新書)

社会的共通資本 (岩波新書)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060509/1147176621 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061102/1162433731 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061111/1163268262 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070301/1172719278 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070327/1175006715 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070502/1178032169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070928/1190960267 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071207/1196999436 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201705768 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080222/1203653046 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080315/1205550667 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080618/1213764180 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080622/1214152497 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081111/1226421199 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081117/1226893758 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090218/1234940110 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090227/1235705016 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091125/1259121898 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091126/1259201785 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091127/1259318413 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100219/1266587087 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100325/1269541570 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100326/1269582083 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100415/1271309817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101019/1287455134 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101230/1293678959 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110120/1295514427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110427/1303918915 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110509/1304911992 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110609/1307596346 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110701/1309495567 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110709/1310185825 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110711/1310356905 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130304/1362367180 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130306/1362536717 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130415/1365992435 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131123/1385220562 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140224/1393263672 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151229/1451365219 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160627/1467026912 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160905/1473088215 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170130/1485743803 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170226/1488074467 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170512/1494553215 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180409/1523247868 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/21/093736

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060408/1144471534 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091230/1262144139 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100816/1281992231 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110208/1297161088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111229/1325091628 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111230/1325211614 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131116/1384584256 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140611/1402495986 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140613/1402586415 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140926/1411697403 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140928/1411871049 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160204/1454592588

*3:柄谷氏による省略。