前半か後半か

matsudama*1「1990年代発刊の本を読む」https://matsudama.hatenablog.com/entry/2024/07/21/163453


先ず、藤井誠二氏と宮台真司氏の『美しき少年の理由なき自殺』が取り上げられている。


社会学者である宮台真司の主張や思考に取り憑かれ自殺したS。自身の主張が彼を自殺へ導いたと悔やむ宮台とライターの藤井が、Sの死後、周辺の関係者に話を聞きながら、彼がなぜ自殺に至ったのか分析しようとした一冊。
この本の印象はけっこう強くて、この本について他人にも語ったということもあったのだけど、『美しき少年の理由なき自殺』という本を買った記憶はないのだ。さて? と思ったのだけど、思い出してみると、私が買ったのは数年遅れて出た文庫版で、メイン・タイトルが『この世からきれいに消えたい。』になっていて、「美しき少年の理由なき自殺」は副題の方に移されていたのだった(笑)。
さて、1990年代について書かれている。

1990年代の空気感を自分はよく知らないが、バブル崩壊とか阪神大震災、オウムや酒鬼薔薇の事件があったりして、人々の生き方や人生観が揺さぶられ続けた年代だったのだと思う。だからなのか、こういう類の本や『完全自殺マニュアル*2のような、今だったら炎上しそうな本が普通に出版されている。
90年代と一口で言っても、前半と後半は雰囲気として違う。「バブル崩壊」は1990年代に入って直ぐのことだけど、前半は昭和の延長という雰囲気がまだまだ濃かった。「バブル崩壊」ということだと、1990年代前半にオフィスの引っ越しがやたら多かったという記憶を持っている人も少なくないのでは? 何故多かったかというと、新築のビルの方が家賃が安かったからだ。あと、「バブル崩壊」ということで強い印象が残っているのは、1992年か93年のどちらかだと思うけれど、香港行きの飛行機の中で隣の席に座っていたビジネスマンが言っていた言葉かな。彼曰く、以前は海外出張はビジネス・クラスだったけれど今はエコノミーしか乗れない。「バブル崩壊」というのは具体的にはそういうことなのかと思った。なお、「バブル」の後遺症としての不良債権問題などが問題になって、日本経済やばいんじゃねぇ! という気分が広がったのは1990年代後半のことだったと思う。
同じ90年代、或いは同じ平成といっても、雰囲気がかなり根本的に変わったのは、阪神淡路大震災とオウムの地下鉄サリン事件が境目だったのではないかと思う。実存的というか、自己と世界との関係についていうと、1990年代後半以降、自己と世界の間に違和感を感じた若い衆が政治運動や宗教運動に奔るという選択肢を選ぶ可能性はかなり減ったといえるのではないだろうか。それに変わって選択肢として競り上がってきたのが無差別的な殺人ということになる。その意味でも、劃期的な人物は酒鬼薔薇聖斗*3なのかも知れない。因みに、酒鬼薔薇は加藤智大や(自殺した)宮台真司襲撃犯と同年代であり、山上徹也の1つ下である。
1990年代でも前半と後半は違うと申し上げたけれど、逆に1990年代と1980年代と実は変わっていないんじゃない? ということもある。或いは、1990年代に1980年代の思想的課題が反復されていた。宮台氏は「意味」か「強度」かという問題を立てて、その要諦は氏がオウム事件に応答した著書『終わりなき日常を生きろ』*4というタイトルに表現されている。でも、それって1980年代に浅田彰が『逃走論』*5などでジル・ドゥルーズなどに依拠して展開した「スキゾ」か「パラノ」かという議論の反復なんじゃないかと、少なからぬ人が思うんじゃないか?ところで、このテクストを読んで、再度「意味」とは何かということを考えてみたいと思った。「奇妙に真面目な人間は、無意味とはいえ意味を見いだせないといけない。脱力してそこそこ楽しく生きることに一体何の意味があるのかと問う」。こういうのに対しては、先ず「意味」があるとかないとか、あなたの謂う「意味」ってどういう意味なの? と問い返さなければならない。私の前提(或いは結論かも知れない)はこの世に「意味」のないものは存在しないということなのだけど、別の機会でお披露目することができるかも知れない。また、これと関連して、ジャン=フランソワ・リオタールが「大きな物語が機能しなくなった」と主張して、リチャード・ローティと論争したのは1980年代のことだったけれど、それを踏まえて「物語」を肯定するという知的課題については、何よりも先ず野家啓一『物語の哲学』*6を参照すること。

*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/03/095133 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/11/003544 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/14/114144 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/27/110533 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/08/15/211032 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/03/25/153557 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/15/195958 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/05/17/143809 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/01/155948 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/14/102954 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/09/05/174518 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/02/10/092453 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/09/17/115053

*2:著者は鶴見済。Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/09/02/091429

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050606 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070219/1171905464 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080622/1214075188 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080831/1220214056 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090626/1246034798 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091112/1257961227 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100916/1284572475 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101107/1289145020 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110204/1296794711 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110626/1309058098 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140317/1395031114 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140723/1406132452 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140730/1406687782 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150220/1424445864 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170220/1487520173 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170411/1491877905 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/05/08/095054 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/02/02/010344 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/02/03/141214 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/10/30/150438

*4:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070202/1170441629 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070704/1183564169 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110901/1314899481 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131009/1381333783 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/21/113910 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/09/152220 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/11/30/032526

*5:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060227/1141064073 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070205/1170643322 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080208/1202487449 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080402/1207104053 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080809/1218252114 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131120/1384914970 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/03/20/095411

*6:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170803/1501732818 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171118/1510978692 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/08/11/092404 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/05/21/133657