90年代的といえば

昼間たかし*1「小山田問題で批判された「90年代サブカルチャー」 実は『孤独のグルメ』人気の立役者だった」https://news.yahoo.co.jp/articles/22b2e3b91ce5e9b76a34d8aef4c335e6e0747bb4



小山田圭吾問題〉*2をきっかけに「90年代サブカル」を「全否定」する空気が漂っているのだという。特に「悪趣味」「鬼畜系」。


90年代に好まれた「忌み嫌われるもの」について、少し紹介していきましょう。

 早川書房が1994(平成6)年に邦訳版を出版したロバート・K・レスラーの『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』は100万部を超えるベストセラーになりました。その翌年に創刊された『週刊マーダー・ケースブック』(省心書房)も大きな注目を浴びました。

 このほかにも、90年代の若者の一部はドラッグや自殺、ゴミあさりなど、モラルが問われるどころか犯罪まがいの情報を娯楽として消費していました。今では90年代の暗黒面だと指摘されています。

 こうした価値観が醸成されるなかで、一般社会に背を向けるようなふるまいや発言をする人が人気を得るようになりました。小山田さんへのバッシングは、そんな価値観を許容した当時の文化をもはや肯定できないといった論調がベースになっています。

 ただ筆者の記憶では、小山田さんの記事は掲載当時から批判されていましたし、周囲にもいじめ賛美を面白がったり、皆で楽しんだりなどの風潮は存在しませんでした。

 このような文化は、あくまで限られた仲間内だけで共有され、隠れてコソコソと楽しむものでした。さまざまな文化が交錯する東京でも、これらの存在感は多少大きかったものの、あくまでアンダーグラウンドなものにすぎませんでした。

 小山田さんが名を連ねていた渋谷系の音楽シーンも、悪趣味や鬼畜系を愛好する人はむしろ「オシャレなメジャーなもの」として距離を置いていました。

「鬼畜」ということで思い出すのは、2010年にちょっとデムパがかった読者に殺害され、その際にその「鬼畜」なキャラクター設定がフィクションであるということが公けにされてしまうという些かアイロニカルな最期を遂げた村崎百郎(本名・黒田一郎)*3。或いは、当時「鬼畜」枠ではなかったように思うし、そう括られたら本人も心外だと思うけど、『完全自殺マニュアル』や『人格改造マニュアル』の鶴見済*4もそう括られているのだろうか。根本敬の漫画は1980年代からのもので、取り立てて1990年代特有のものとは言えないだろう。ところで、1990年代にはヤコペッティの『世界残酷物語』のような「モンド映画」の再評価ということがあった。そのヤコペッティの死に際して、以下のように書いていたのだった;

ヤコペッティの映画というと、『世界残酷物語』とその続篇(だったと思う)を子どもの頃にTVで観たという記憶しかない。『世界残酷物語』の原題が Mondo Cane(犬の世界)だったことに由来する「モンド映画」という言葉を知ったのは、1990年代前半に(今は亡き)雑誌『スタジオボイス』によって。「モンド映画」というのは(その後論壇に登場した言葉で言えば)オリエンタリズムということと関係がある。さらに、「モンド映画」を、その「やらせ」とか差別性をひっくるめてエンタメとして享受することは或る意味で〈メタ〉の位置に立つことであり、〈ベタ〉に留まって感動したり・怖がったり、或いはその差別性や〈事実捏造〉に真面目に怒りを滾らせたりしている人間を軽く嘲笑するという〈差別の愉しみ〉であるとも」いえるのだろうか。また、文化人類学を初めとする異文化を扱う学問は「モンド映画」的に受容されたり、自らもそういうダーク・サイドに転落してしまう危険性を常に孕んでいるわけだが、ここで重要なことは如何なる習慣も全体的な文脈の中に位置づけない限り奇習・珍習になってしまうということだろう。〈非モテ〉にとって、恋愛は奇習・珍習であり、ラヴ・ストーリーは「モンド映画」だということになるのだろうか。(後略)
https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110821/1313861365
「悪趣味」も「鬼畜」もディタッチメントというか、〈メタ〉の位置ということによってそのショックは緩和されていた。音楽におけるサンプリングがオリジナル音源の生々しさを剥ぎ取ってしまうようなものだ。また、1990年代半ばに、日本人は阪神淡路大震災オウム真理教のテロにおいて、ディタッチメントする暇もなくリアルと向き合わなけれならなくなったのであり、同じ90年代といえども、その前後では、「サブカル」も同じではあり得なかったのではないかとも思う。