関雄輔*1「連想広がる独特の言語感覚」『毎日新聞』2022年12月11日
多和田葉子*2『太陽諸島』について。多和田さんへのインタヴュー記事。
という。
登場人物たちがよくおしゃべりする小説である。議論とも、日常会話とも違う対話が、出自も考え方も異なる人々を結び付け、それぞれの足元を照らす(後略)
(前略)『地球にちりばめられて』から始まる3部作の完結編。留学中に日本とおぼしき母国の島国が消え、同郷人を探す旅をヨーロッパ各国で続けてきたHirukoと仲間たちの物語は、本作でバルト海に舞台を移す。船の上で、寄港地で、Hirukoたちは言語や歴史についてのとりとめのない会話を続ける。
多和田さんは「中間の会話」が社会には必要だと言う。「『今日ご飯どうする?』とか『この仕事誰がやるの』とか、そういう実用的な会話がありますよね。それに対し、討論会や授業、インタビューなど、改まって考えを述べる会話もある。でも、その中間のおしゃべりこそが民主主義の社会を支えている気がするんです」
ドイツで暮らして今年で40年。「人々が集まって歴史や政治について考えを述べながら、そのこと自体を楽しむ。そうした場が日本には少ない」と指摘する。「ドイツでは食事会などで、友達の友達くらいの関係の人たちが一つのテーブルを囲んで長々とおしゃべりする機会が結構あるんです。家族や学校、職場での会話ももちろん大事ですが、距離の近さや利害関係が邪魔をして、話しにくいこともあるのではないでしょうか」
ただ、その「中間の会話」が、ドイツでも新型コロナウイルス禍で失われてしまった。「おしゃべりの場での関係って、その時限りのことが多い。でも、そういうつながりが無数にあって社会ができていたことをコロナ禍で改めて意識しました。それが作品にも反映されているかもしれません」
本作のHIrukoは、北欧を転々とする中で自ら編み出した独自の混成言語「パンスカ」を話す。スカンディナビアの人なら大体意味が理解できるとされているその言語の成り立ちは、交易の過程で英語と現地語が混ざってできた「ピジン・イングリッシュ」に似ている。
「ごく自然に言語を混ぜてしゃべっている人がドイツにはたくさんいるんです。トルコ系で普段はトルコ語を話すんだけど、その中にドイツ語の単語が入り込んでいることは珍しくありません」。多和田さん自身も母語とは異なる言語の中で暮らし、手持ちの言葉で表現できない事物や感情に遭遇することが少なくないという。「ピジン・イングリッシュのような言葉って、わざと作ったのではなく、そうしなければ生き延びられなかったから生まれたのだと思います。移民や商人のたくましさを感じます」
エッセー集『エクソフォニー』(2003年)で、多和田さんは「あらかじめ用意されている共同体にはロクなものがない。暮らすということは、その場で、自分たちで、言葉の力を借りて、新しい共同体を作るということなのだと思いたい」と書いている。
本シリーズは、故郷を離れたり、失ったりしたディアスポラ(離散民)の物語ともいえるが、読み心地は決して暗くない。言語学者の卵であるクヌートや、「性の引っ越し中」のアカッシュら、登場人物は個性的で、時に緊張感をはらみながらも共に歩む彼らの姿はすがすがしい。それは、まさに言葉の力で新しい共同体が生まれる過程を描いているようだ。
「離散することで人は他の人に出会う。新たな土地の人と結び付くことができる。移動を重ねることで経験と情報が集まり、交換される。必ずしも悪いことばかりではないと思うんです」
本作も含め、多和田さんの小説の魅力の一つが独特な言語感覚だ。言葉遊びのように、単語の音や文字の形から連想が広がっていく。凝り固まった既成の言葉の使い方を解きほぐしつつも、「新しい言葉」を捜しているわけではないという。
「小説を書きながら言葉と向き合っていると、言葉自体の記憶を感じます。一つ一つのl言葉には歴史があり、そこには無数の人々の知恵が詰まっている。新しい言葉を作らなくても、新しい使い方をしなくても、十分に面白んです」
*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/12/09/024620 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/06/01/123605 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/06/21/163826 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/06/24/135427 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/07/11/132814 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/08/04/013724 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/09/18/145020
*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150423/1429766521 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150429/1430244990 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150510/1431195315 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150518/1431967461 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150524/1432406981 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150528/1432797965 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150531/1433089889 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150610/1433911098 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160314/1457921075 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160316/1458098132 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160318/1458264399 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160323/1458704349 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170512/1494553215 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180306/1520301290 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/03/132345 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/14/023204 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/16/025850 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/24/140556 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/10/08/091847 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/01/02/084830 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/02/19/125524 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/07/08/145613 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/07/095750