「小説の弱さ」(古川日出男)

関雄輔*1「小説妄信せず「言葉」の力信じ」『毎日新聞』2022年4月3日


古川日出男氏へのインタヴュー記事。


2020年の夏、東日本大震災と福島第1原発事故の被災地で、故郷でもある福島県内をひたすら歩いた。被災者の体験に耳を傾け、時には自らのことも話した旅は、作家としての原点を見つめる日々になった。私小説的なノンフィクション『ゼロエフ』(講談社)に結実したその旅を経て、「小説を書くのが怖くなった」という。
「それまで小説には何でも書ける、全てを詰め込めると考えていたんです。でも、現実の大きな力に翻弄された人たちに会い、小説は万能のツールではないかもしれないと思うようになりました。ならば小説にできることは何だろう、と」

震災と原発事故、そして『ゼロエフ』の旅は作家としての信念を揺るがせた。「小説を妄信できなくなった」という今、考えているのは、小説よりも広い意味での「物語」や「言葉」そのものの力だ。
「小説にすべてを詰め込むことはできない。でも、身震いするような1行は入れられるかもしれない。ナラティブ(物語)の力を信じた上で、小説というものを見直し、構成し直していく。それが作家としてのこれからの仕事です」

最新刊『曼陀羅華X』(新潮社)は、オウム真理教事件をモチーフとした小説だ。「教団」に拉致され、「予言書」を書かされた作家を中心に物語が展開する。18年7月、教団の元幹部13人の死刑執行*2の際に感じた「怒り」が執筆のきっかけになった。「誰も真相を究明しようとせず、なかったことにすればいいのだとしか考えていない。亡くなった人、今も苦しんでいる人のこともまとめて我々は忘れようとしているのではないか」