物語が動き出すまで(金子薫)

関雄輔「書き手の自分と読み手の自分」『毎日新聞』2021年9月4日


『道化むさぼる揚羽の夢の』の作者、金子薫氏へのインタヴュー。


小説の書き出しに偶然性を重んじているという。プロットを固めずに書き始め、行き詰ったらボツに。それを何十回と繰り返しているうちに自然と物語が転がり始める。
「執筆中は書き手の自分と読み手の自分に分裂していて、先が気になる状態じゃないと書き進められません」

初の本格的長編である本作は、天井からつるされた鉄製の「蛹」に人々が拘束されている場面から始まる。主人公の天野は蛹から解放された後、奇妙な地下工場で、模造の蛹を作る強制労働に従事させられる。監督官の理不尽な暴力から逃れようと、やがて天野は「アルレッキーノ」という道化を演じ始める。
今年4月に文芸誌に発表すると。コロナ禍の閉塞感や現代社会の不条理を映し出したディストピア文学として注目されたが、実は2019年に書き上げていた作品だった。
(略)
これまでの作品とも通底するのが、世界の不条理や人生の無意味さに抗う人間の姿だ。(略)「不条理の中にも充実した感覚はあるし、その瞬間の熱気にうそはありません。僕自身、何の意味があるのかと思いながら小説を書いていますが、書いている時の高揚感や快楽は確かにあります。

14年に作家デビューし、広大な迷宮をさまよう『壺中に天あり獣あり』(講談社)など、虚構性の高い作品を発表してきた。「文章はどう書いてもうそくさくなる。うそをつくことに自覚的でありたいし、どうせなら、吹っ切ったうそをつきたい」と語る。