広瀬の時代?

大澤真幸斎藤美奈子成田龍一「カタログ・サヨク・見栄口座」*1(in 斎藤美奈子成田龍一編『1980年代』、pp.16-44)


斎藤美奈子さんの発言;


(前略)チェルノブイリ原発事故が八六年に起るんですとね。実は私の八〇年代って反原発がマイブームだったんです。七九年にスリーマイル島の事故があったので、ちょっと先の思想の持ち主はみんな反原発にいくんですね。だから、3・11のあとに「初めて原発のことを考えるようになりました」という人たちがいましたけれど――若い人たちはいいですよ、だけど五〇代以上でそういうやつって、八〇年代どうやって暮らしていたんだって、私には信じられません(笑)。逆にそのくらい流行りだったの、反原発が。実際に原発で働いた経験をもとにした堀江邦夫『原発ジプシー』*2が七九年、広瀬隆さん*3の『東京に原発を!』がベストセラーになったのが八一年、私は八〇年に大学を出たんですけど、広瀬隆さんがやっている反原発講座に通っていたんですね。(pp.36-37)
広瀬隆が反原発の論客としてブレイクして、〈原発村〉関係者からの敵視を集中的に浴びるようになるのは、やはり「チェルノブイリ」以降の(バブルとも重なった)1980年代後半のことだったと思う。前半は、ノンフィクション作家としてはともかく、反原発業界においては或る意味で不遇だったともいえるのではないだろうか。広瀬氏は杉並を拠点に活動していたが、杉並の反原発運動において影響力を持っていたのは中核派系の団体と、ほびっと村を中心としたヒッピー文化系の流れだった。広瀬氏の『東京に原発を!』は、特に洒落が通じない前者から批判を浴びていたのだった。また、1980年代前半の重要な課題のひとつは「原発」そのものというよりは核廃棄物の問題だった。当時、日本の低濃度核廃棄物を南太平洋のベラウ(パラオ)沖に投棄するという計画が暴露されたからだ。
たしかに、「チェルノブイリ」以降になると、原発推進派の栗本慎一郎原発を巡って景山民夫と絶交したことが一部で話題になるほど、「反原発」は「流行り」になった。ただ、広瀬隆の存在は、東京発のメディア(TVや左右の雑誌)ばかり見ていた人たちにとってはそんなに可視的なものではなかった。広瀬は、地方において小規模な講演会を数多くこなすという仕方でその影響を広めていった。私も、旅行先の小さな田舎町に広瀬隆講演会のポスターが貼ってあるのを見つけて、広瀬隆の存在感を知ったのだった。
斎藤さんの発言に対する成田龍一大澤真幸両氏の反応;

成田 旧来の左翼は、労働組合をはじめとする組織に依存し運動をしていました。それに対して、新しい社会運動が六〇年代後半に登場してくるわけですね。べ平連(ベトナムに平和を!市民連合*4のような運動スタイルです。斎藤さんが言われた反原発運動もそうした運動の流れに位置しています。地域の人たちが独自に自発的に参加し、学習をしながら運動を作っていく、新しいタイプの運動ですが、こうしたサヨクの運動の可能性も八〇年代は秘めていたし、大きな潮流になるはずだったということですね。確かに、原発が安全なら東京に作ればいいじゃないかという広瀬さんのメッセージは衝撃的でしたし、3・11のあと絶えずその名前が呼び戻された高木仁三郎さんも八〇年代の重要な思想家であり運動家でした。
大澤 八〇年代のそうした運動は、労働者というものに足場を置くよりも、生活者。消費者としての立場を経由して出てきていますよね。原発に依存して生活している生活者としてどうなの? という問いかけですね。(p.37)
「生活者」という言葉が1980年代にどのように使われていたのかは忘れてしまった。ただ、「生活者」が鍵言葉化するのは昭和が終わって平成(1990年代)に入ってからだったと思う。
成田氏は「高木仁三郎*5という名前に言及しているのだけど、もう1人、反原発運動に援護射撃を行った学者を挙げると、地質学者の生越忠ということになるだろうか。例えば、石川県の志賀原発の地質学的な脆弱性をいち早く暴露した『能登原発はやっぱり危ない』とか*6

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/02/03/142105

*2:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110326/1301074426 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131225/1387972970

*3:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070327/1175009584 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110331/1301545326 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110403/1301804644 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110417/1303059278 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110617/1308286282 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110628/1309235147 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110707/1310062676 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20151230/1451450942

*4:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070805/1186334685 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080502/1209698659 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/09/14/122505

*5:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110513/1305215164 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110515/1305448821 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110516/1305549531 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110628/1309235147 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110703/1309705169 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110805/1312471135 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120318/1332088792 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120409/1333936632 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130527/1369660361 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/11/21/105835

*6:これはそもそもぺらいブックレットなのだけど、amazon.co.jpで見ると、物凄い値段が付いている!