2014年の「脱構築」

大澤真幸斎藤美奈子成田龍一「カタログ・サヨク・見栄講座」(in 斎藤美奈子成田龍一編『1980年代論』河出書房新社、pp.16-44、2016)


この鼎談の中の斎藤美奈子*1の発言が酷くて、いくら何でも2014年*2にこの理解はないだろうと、怒りを覚え、血圧が20くらいは上昇してしまった筈。まあ、測ってはいないだけど。
どんな発言かといえば、


私は八〇年代に重要な役割を果たした人物として、松任谷(荒井)由実を挙げたいですね。たとえば、蓮實重彦さんが文芸評論の脱構築をやって、上野千鶴子さんが女性解放思想を脱構築して次の時代を作りましたが、ユーミンは七〇年代的な四畳半貧乏フォークを脱構築して、八〇年代的ワンルームポップスの時代を作ったのが彼女。最近、酒井順子さんが『ユーミンの罪』*3という本を書かれていますね。酒井さんのように六〇年代以降に生まれた人のほうがより影響を受けていると思いますが、人びとの世界観がすごい変わったというのは彼女のようなポップミュージックにいちばんよくあらわれてくると思います。自分で詞を書き自分で歌う人たちは七〇年代ぐらいから出てくるわけですけれども、彼女が八〇年債に良くも悪くも巻き散らかした生き方のスタイルは、功罪はあるかとも思いますが、とても八〇年代的だなって思いますね。八七年俵万智さんが『サラダ記念日』*4というベストセラーになった短歌集を出しましたけれど、言葉遣いとか世界観とかがすごくユーミン的だなという印象を受けましたね。(pp.38-39)
脱構築」という言葉をこういう意味で2014年の段階になって使っているのはありえないと思った。きょうび、デリダのテクストを(仏文で)読んでから「脱構築」という言葉を使え! と言ったら、テクハラ! とか反撃されかねないのかも知れないけれど、まあ高橋哲哉デリダ 脱構築*5、JOhn D. Caputo Deconstruction in a Nutshell*6 を参照されたいと取り敢えずは命令的に言っておきたい。それはともかくとして、「脱構築」というのは「脱構築して」とお気楽に能動態を使う可能性そのものを脅威に晒すのだと言っておきたい。「脱構築」は「する」のではなく「起こる(happens)」。それは、或るテクストが読まれる(解釈される)ことを通して、今まで読まれていた(解釈されていた)のとは別様の何ものかを開示することだといえる。ここで読むことは(重要ではあるけれど)一契機でしかなく、誰々(蓮實重彦上野千鶴子ユーミン斎藤美奈子)が脱構築するのではなく、テクストが自らを脱構築する、或いはテクストと読み手の間で脱構築が発生するとしか言えない*7。また、脱構築の解く/解かれるという側面に注目するなら、脱構築において解かれるのは、読み手の側の従来的な読み方でもある。また、なんちゃら理論を当て嵌めて、論破してやったぜ! というのは脱構築とは全く関係ないことも明らかであろう。レイプとセックスが区別されなければいけないように。 蓮實さんや上野さんのことは脇に置いて、ユーミンに絞りたい。先ず、音楽と「脱構築」という主題を考えなければならない。音楽において「脱構築」という事態はどのようにして生起するのか? 「脱構築」が読み(解釈)において生起するのであれば、音楽においては、他人の曲を演奏することを通じて、生起すると言えるかも知れない。例えば、クラシックの演奏家は、常に(例えば)ベートーヴェンの、モーツァルトの、或いは(狭義のクラシック以前ではあるけど)バッハの楽譜を読み、具体的な音へと変換するという課題に直面している。それを通じて、楽曲の新たな側面が開示されるということもあり得る(グレン・グールドのバッハとか)。しかし、ユーミンに関して、そのような仕方で「脱構築」が生起するというのはかなり考えにくいのだ。何しろ、荒井由実としてであれ松任谷由実としてであれ、ユーミンが他人の曲をカヴァーしているのを聴いたことはない。「七〇年代的な四畳半貧乏フォーク」をカヴァーして、その新たな側面を露呈させたということなんか(多分)ない。まあ、「四畳半貧乏フォーク」というクリシェから具体的に想像できるのって、かぐや姫、或いはせいぜいさだまさしぐらいしかないのだけど、ユーミンと「 四畳半貧乏フォーク」との関係は、脱構築でも換骨奪胎でも(ヘーゲルマルクス的な)止揚でもなく、お互いのファンは被ってないよね、という感じのものであったわけだ。
さて、成田龍一*8は地味であるけれど的確な受け答えをしている;

ユーミンは、本当に息の長いシンガーソングライターですね。七〇年代初めにデビューし、八〇年代九〇年代を通じて活躍し、いまだに現役です。荒井由実として私などは接したのですが、七〇年代半ば以降は松任谷由実ですね。彼女のどの部分、どの時期を軸に捉えるかということも、八〇年代理解にとても大きく関わってくると思います。(p.39)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070120/1169274863 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090711/1247338782 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100718/1279470669 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101020/1287550198 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101117/1289989285 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110819/1313725242 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120307/1331147389 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170804/1501818296 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180416/1523839461 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180614/1528948795 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/08/135114

*2:この本は2016年に刊行されたが、この鼎談は2014年にライヴで行われ、2015年に雑誌『文藝』に掲載されている。

*3:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/07/07/103408

*4:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091129/1259460953 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/06/133425 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/10/01/212242 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/04/10/125934 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/10/11/160228

*5:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070723/1185154200 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080605/1212640212 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091213/1260736965 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100302/1267505317 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110829/1314543718 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20111115/1321366127 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20141123/1416751903 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20161228/1482898392 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170117/1484667898

*6:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080904/1220503480 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20081222/1229918700 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091213/1260736965 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100302/1267505317

*7:國分功一郎氏なら、「中動態」という言葉を使うだろう。

*8:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120316/1331857559 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130316/1363412769 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131002/1380642004 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20151129/1448815193 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20161024/1477281312 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170803/1501732818 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170804/1501818296 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/19/102029 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/06/30/093507