「蔵書家」の世代 - Living, Loving, Thinking, Again

作者:津野海太郎
新潮社

津野海太郎『最後の読書』*1から。
紀田順一郎氏が挙げる、大蔵書家たち（p.127）；

井上ひさし *2（推定14万冊）
谷沢永一 *3（13万冊）
草森紳一 *4（６万5000冊）
山口昌男 *5（冊数不明）
渡部昇一 *6（15万冊）

紀田氏の蔵書は３万冊（p.128）。
政治的なスタンスは右から左まで様々だけど、そこには或る共通点があるという。

このリストにせっして、ああ、やっぱりね、と思った。一九二九年生まれの谷沢から三八年生まれの草森まで、その全員が、紀田さんもふくめて、おなじ一九四〇年代に幼少期をすごしているのだ。
明治の文明開化以降、とくに二十世紀にはいって急上昇したこの国の年間出版点数が、一九三五年には三万点をこえる。そのいきおいが戦争の進行につれて逆流しはじめ、大日本帝国敗戦の一九四五年には六五八点にまで減ってしまった。かたい本とやわらかい本、おとなの本と子どもの本、そのすべてをひっくるめての六五八点ですよ。いまは年間約八万点だから、くらべればゼロにひとしい。
この出版のゼロ年に草森紳一は小学校（当時でいう国民学校）の二年生。おなじ年、紀田さんは四年、井上ひさしは五年、山口昌男は中学二年。つまり、この世代の者は、食うものだけでなく読むものもない、本への底なしの飢えとともに育つほかなかったのである。私は早生まれの草森さんの一学年下だったから、この飢えの深さを経験によって知っている。「やっぱりね」というのもだからこそ。
その後、戦後復興によって出版産業がよみがえり、公共図書館サービスが徐々に定着していっても、かれら、いや私たちの飢えの記憶が薄らぐことはなかった。
そしてその間に、参考図書や専門別の基本図書を中心として、必要と思われる本を図書館や他人の蔵書にたよらず、じぶんの所有物として手元にそろえておく――そんな習性がしっかり身についてしまった。ほしい本をがつがつ掻きあつめ、ともに暮らす家族はなにをいおうとそれを保守しつづける。紀田さんや同世代の著述家諸氏だけでなく、いっぱんの知識人、身近な人でいえば私の中学や高校の先生方も、ひとしく、そうやってじぶんの蔵書をつくっていた。そんな書斎の記憶がいくつものこっている。（pp.127-128）

じつをいうと、私はつい最近まで、こうした過度の蔵書欲は時代や環境の別なく、本好きの人びとに共通するごく当りまえの習性なのだろうと、なんのうたがいもなく思っていた。
でも、かならずしもそうではなかったのですな。
鷗外や漱石や露伴 *7はもとより、三木清や和辻哲郎や林達夫のような昭和前半期の大インテリですら、当今の基準からするとわずかな蔵書しか持っていなかった（略）
戦中戦後の本への飢えが欲望のバネとなり、そこに洋書輸入の自由化、全集ブーム、さらには高度経済成長下で激化した本の大量生産・大量消費の風潮がかさなって、通常の「規模をはるかに超える」個人蔵書の巨大化がすすんだ。私は勘ちがいしていたが、実際には、どうやらそういうことであったらしい。（pp.128-129）

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/01/25/230639 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/01/113327 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/05/082215 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/11/172355

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070702/1183349034 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081025/1224880677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100413/1271127313 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100728/1280252172 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20121212/1355270394 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150526/1432659066 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151221/1450668431 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160321/1458531211 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160514/1463245310 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160807/1470594046 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170405/1491409629 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170506/1494092627 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180123/1516681805 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/09/013716 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/28/145046 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/09/06/144503