承前*1
津村喬「もうひとつの世界 場の創造」in 『叢書 文化の現在10 書物―世界の隠喩』岩波書店、pp.209-252、1981
このエッセイは津村喬の知的自伝になっている。同じ本に収められた山口昌男先生*2の解説的論文(「書物という名の劇場」)では、
と要約されている。
津村氏の「もうひとつの世界」は、タイトルの示すように、日常生活を相対化する手がかりとしての「もうひとつの世界」への、或る時期の覗き眼鏡としての、書物の世界とのつき合いを回想しながら、「もうひとつの世界」が磁気を帯びるにしたがって、書物が、もっと動的な媒体によってとって替られる過去を描き、書物が一人のラディカルな思想家によっていかに「生きら」れ去られたかを描いて、書物の同時代になっている。(p.304)
津村氏のエッセイに戻ると、その知的自己形成には「母親」の影響が強かったようだ。曰く、
母親が編集者であったために、小さいころから、書物とは読むだけでなく、自分で書き、つくるものだという教育を受けた。隅田十二橋とか上野公園とか、下町育ちである母親の郷愁にそったテーマを出し、取材させ、文章と絵、写真による一冊をつくり、製本する作業をくりかえし体験させられるうちに、私は誰もが排便して生きた記録を残すように書物を残すものにちがいないと思いこんだ。(p.214)
(前略)まだ十歳にもならぬころ、母親は「読めたら読んでごらん」と青ねずみ色のパンフレットを私に渡した。日本共産党アヂ・プロ部という発行者も神秘めいて見えたが、レーニンの「青年同盟の任務」の演説をおさめたその中味も驚くべきものだった。「学べ、学べ、そして学べ」とレーニンが若者たちによびかけたこの演説の中で、われわれはこれまでに人類が学んできたものを受け継がねばならない、とよびかけているのに、私はからだがふるえるほどの感動を受けた。
学校で学ぶことはいっこうに面白くなかったし、何のために学ぶかも、自分で学びたければどうすればいいかも教えてくれなかった。学校で学ぶことは私が学ぶべきことの何千分の一、何万分の一のことでしかないとレーニンに言われたように感じたとき、私の知的欲求は爆発した。
あの時母親がどういうつもりでパンフを渡したのだろうと時々考えることがある。父親*3は「レーニン主義者」であって、理念をもって生活を律し、というより犠牲にし、革命のためにのみ生きているような人で、母が私にその後を追ってほしいと考えるわけもなかった。母はぜいたくはしなかったが享楽主義者で、どうせ死ぬんだから一瞬一瞬を遊びきるべきだと考えるタイプの人だった。だが同時に、知識人といえばマルクス主義者だった大正末から昭和初期に『中央公論』の編集者をして、高度な知的訓練を受けてもいて、そのアンバランスの面白い人だった。その精神圏には、自分が最初に担当になった一人の久保田万太郎から、最初の夫になった猪俣津南雄*4までの幅があって、『隅田十二橋』は前者を、『青年同盟の任務』は後者を源流とした家庭教育だった。母親のちぐはぐさを私も受けついでしまった。(pp.214-215)
*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/06/23/095650 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/06/26/104133
*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070430/1177912932 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070523/1179897577 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080116/1200506920 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080825/1219599350 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090922/1253594813 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091208/1260270282 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100116/1263614862 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100130/1264834811 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100206/1265435465 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101228/1293511035 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110204/1296794711 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110208/1297180408 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110219/1298093110 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110222/1298351689 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110226/1298700874 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110609/1307650973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110813/1313253565 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110924/1316802079 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120316/1331898804 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120926/1348620790 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130311/1362963510 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130313/1363141131 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130321/1363880948 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130403/1365006904 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150104/1420390585 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150528/1432792757 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160226/1456453149 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160609/1465490540 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161211/1481482837 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180312/1520831453 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180528/1527516591 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180711/1531287520 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/19/110942 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/20/091142 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/29/092946
*3:高野実。
*4:See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AA%E4%BF%A3%E6%B4%A5%E5%8D%97%E9%9B%84