1992年に死んだ

黒田拓也*1「十九歳の地図から見えてくるもの 尾崎豊中上健次没後30年に想う」『書標』(丸善ジュンク堂書店)524、pp.6-9、2022


尾崎豊*2中上健次*3も1992年に亡くなっている。享年は尾崎が26、中上が46で、ちょうど20の年齢差があった。
「尾崎のデビューアルバムのタイトルになり、後にシングル曲としても発表された「十七歳の地図」は、中上健次の最初の小説集『十九歳の地図』に触発されたとも言われています」(p.6)。そうなんだ!

尾崎豊の「ノート」について。

尾崎豊の作品で多くの方々にぜひ読んでもらいたいものとして、尾崎豊『NOTES――僕を知らない僕 1981-1992』(新潮社・一九八〇円)をまず挙げたいと思います。本書は、尾崎がデビューする前の十六歳頃から書き始め、十年間・五十冊以上にものぼるノートに彼が書きつけた言葉の数々が記されています。溢れだす言葉をとにかくノートに叩きつけているような初期の文章から始まり、それらのなかにある断片が、デビュー後には徐々にひとつの作品へと収斂されていくプロセスがとてもクリアに見えてきます。
本書を手に取ると、積み重ねられた言葉の量にまずは圧倒されますが、その中に何度も登場する気になるフレーズが、尾崎の中で熟成し洗練され数々の名曲の中に埋め込まれていきます。それが彼のきれいな声とカリスマ的ともいえるライブでのパフォーマンスとが合わさると、デビューして短期間のうちに多くのファンの心をつかんだのも大いに頷けます。筆者の個人的な体験を申しますと、尾崎は一九八三年十二月にシングルとアルバムを出してデビューするわけですが、私が一九八四年に高校に入学してすぐ、もうクラスの友人たちとで尾崎の曲のことが大きな話題になっていました。札幌の高校生にまでわずか数か月の間に尾崎は浸透していたのです。
本書の魅力をもう一つあげると、それは尾崎が観ていた風景(心象風景も含めて)だと思います。教室の窓から見る外の風景、街のさまざまな貌、友人たちと共に過ごす夜の公園、恋人と過ごすさまざまなシチュエーション等々。ただ一番印象深いのは「青空」です。これは本書の監修・解説をされた須藤晃さんも指摘されていますが、本書の中に「ぼくらはこの青空のひとつぶなんだ」というように、「青空のひとつぶ」というイメージがよく出てくるのです。尾崎が追い求めていたものの核がそこにあるのかもしれません。(pp.6-7)
『十九歳の地図』;

(前略)尾崎豊も影響を受けたであろう『十九歳の地図』(河出文庫・七四八円)はぜひとも読んでもらいたい。新聞配達店で働きながら大学を受験しようとしている主人公は、自分の配達地域の地図に、気の食わない人のいる家の場所に×印をつけ、そこの家に公衆電話から電話をかけて、相手にとってはわけのわからない言葉をぶつけては切る、ということを繰り返しています。なんともいまの時代では絶対に真似をしてはいけない所業ですが(笑)、主人公がそういう無意味な行動に出なければならない、なんともいえない感情、境遇といったものが読み進めるうちに自分の体のなかに入ってくるような気がします。非常に改行の少ないこの作品を読んでいると、中上の思考の強靭な持続力というか言葉が疾走している感じを私は受けます。そしてここでも彼の見ている風景――ここでは同じ新聞配達店で働く年上の男性と暮らす狭いアパートの中の描写やその男性との会話――が印象的です。尾崎のそれと比べて、なにかこう強い臭気を感じるような風景、×印をつけられた人の家の中や人間関係にもなにか臭気がつきまとっているような感じ。時代のせい、といってしまえばそれまでなのかもしれませんが、いまの時代が失ってしまった感覚を、ぜひ若い読者の方には読書を通じて体験してもらいたいと思います。(後略)(pp.7-8)
「補助線」としての立川談志*4。『談志の日記1953 17歳の青春』;

立川談志さんは、天才の名をほしいままにし、自分のやりたいことを時には突っ走って実現させていく、そんなイメージを私は持っていましたが、この日記を読むと大きく印象が変わります。本書は、立川談志さんが高校を中退して十六歳で五代目柳家小さん師匠に入門した翌年、すでに前座として高座に上がっていた十七歳の一九五三年一月一日から十二月三十日までの毎日の日記です。一つひとつの文章は数行の短いものですが、内容は実に豊富です。自身の落語に対するその都度の評価、先輩落語家たちの実力に対する評価、相当な数を観ている映画作品についての批評なども面白いものですが、高校をやめてしまったことへの後悔の念というか、十七歳の若者が普通であれば毎日経験したであろうことへの渇望です。近所に住む友人たちの交流や女性との恋愛を望む記述は随所に出てきます。学校に戻りたいという気持ちも時折書かれますが、一方で自身の落語を評価する厳しい眼があり、短い文章の中に実に瑞々しい葛藤が綴られていくのです。ある意味、尾崎と比べて「大人な十七歳」という印象ではありますが、でもやはり、その時にしか見えないもの、感じられないものは何か共通しているような読後感があるのです。
この談志さんの日記に出てくる印象深い風景は、多摩川の川べりです。実家のある大田区の鵜の木は多摩川の近くだそうですが、そこを散歩したり、その近所の遊園地に行ったりという記述がよく出てきます。談志さんにとってのまさに故郷なのでしょう。家族を大切にし、でも落語のプロとしてさまざまな葛藤を抱えながら生きる十七歳の談志さんの姿を想像しながら、そこに尾崎と中上の姿を思い浮かべて並べてみるのも面白いかもしれません。『日記』と併せて『立川談志自伝 狂気ありて』(ちくま文庫・一一〇〇円)もぜひ手に取ってみてください。ご本人も仰っていますが、談志さんの記憶力の凄さを感じられます。(pp.8-9)
尾崎豊と「自由」*5

尾崎豊はその楽曲の中で「自由っていったいなんだい どうすりゃ自由になるかい」と問いました。彼の中でもちろん「自由」は重要なキーワードです。では本当にどうすれば自由になれるのでしょうか。もちろん簡単な問題ではないのですが、私は徹底的に考え続けるところに自由はあるのではないかと思います。そう、尾崎豊がノートにいろいろと思考をめぐらせながら言葉を叩きつけていたとき、彼はとても自由だったのではないかと、連ねられた言葉の数々を見るとそう思います。また中上健次西村賢太さんなども、やはり書き続けたり、読み続けたりしているときが一番自由だったのではないかと思います。(p.9)

*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/01/085323

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070427/1177703588 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070430/1177955798 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070502/1178036988 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070518/1179458835 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070827/1188188656 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101220/1292781372 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110502/1304366060 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110901/1314899481 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111004/1317691812 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111006/1317837731 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120117/1326765580 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130507/1367890012 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150613/1434169171 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160719/1468949678 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170203/1486140631 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170907/1504808033 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/15/021915

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061226/1167151875 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070219/1171856820 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070306/1173200489 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070325/1174834138 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070608/1181270457 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100202/1265126531 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100916/1284660360 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110131/1296441629 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110202/1296628031 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110709/1310238338 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110718/1310962569 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20121019/1350608158 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131120/1384914970 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141226/1419566569 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141231/1420048372 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150610/1433916539 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151211/1449803224 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160219/1455889412 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160228/1456671138 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160830/1472563277 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160905/1473088215 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170309/1489029208 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180529/1527564232 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180626/1529984303 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/14/013029 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/22/102037 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/01/24/083741 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/03/31/113615 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/01/22/111158 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/04/15/113029 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/12/07/082948 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/12/31/030439 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/03/28/094158 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/04/10/125934 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/09/01/143337 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/04/10/130020 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/07/06/164316

*4:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091031/1256918744 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20111126/1322155791 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150322/1426956503 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20151118/1447868042 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20161228/1482944460 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170424/1493043781 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20181014/1539539860 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/13/115207 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/10/102947 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/18/232218 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/07/15/203223

*5:尾崎豊と「自由」については、橋本努『自由に生きるとはどういうことか』も参照されたい。