朴裕河問題(メモ)

取り敢えず事実関係のメモ。

朝日新聞』の記事;


韓国検察、「帝国の慰安婦」著者を在宅起訴 名誉毀損

ソウル=牧野愛博

2015年11月19日16時05分


 韓国の朴裕河(パクユハ)・世宗大教授が出版した旧日本軍の慰安婦問題についての著書「帝国の慰安婦」(韓国版)をめぐり、ソウル東部地方検察庁は18日、同書が元慰安婦の名誉を傷つけているとして、朴教授を名誉毀損(きそん)の罪で在宅起訴した。

 同地検は起訴内容で、慰安婦が基本的に売春の枠内で日本軍兵士を慰安し、日本軍と同志的な関係にあったという虚偽の事実を掲載して、公然と元慰安婦らの名誉を傷つけたとした。また、同書の表現は元慰安婦の人格や名誉を大きく侵害しており、学問の自由を逸脱しているとも主張した。

 2013年夏に出版された同書をめぐり、元慰安婦らは出版の差し止めを求めるなど、民事で法的手段をとった。今年2月のソウル東部地裁の決定に従い、一部を削除した修正版が韓国内で出版されている。元慰安婦らは昨年6月、名誉毀損で朴教授を刑事告訴していた。

 日本版は昨年11月に出版され、韓国版と内容が同一ではない。

 朴教授は19日、「本は日本でも評価された。大変残念だ。本を回収する考えはなく、在宅起訴についても法的な対策を考えたい」と語った。(ソウル=牧野愛博)
http://www.asahi.com/articles/ASHCM347THCMUHBI00Y.html

朴裕河さん*1へのインタヴュー;

「帝国の慰安婦」著者に聞く 「史料に基づき解釈した」

ソウル=牧野愛博

2015年11月27日04時10分

 韓国の朴裕河(パクユハ)・世宗大教授が出版した旧日本軍の慰安婦問題についての著書「帝国の慰安婦」(韓国版)を巡り、ソウル東部地方検察庁が18日、朴教授を元慰安婦に対する名誉毀損(きそん)の罪で在宅起訴した。検察や韓国社会の反応をどう受け止めているのか。朴教授の考えを聞いた。

 ――検察からどのような調査を受けたのですか。

 昨年12月から今年2月にかけ、検察や警察の取り調べを計5回受けた。告訴した元慰安婦らが指摘した53カ所の記述について説明を求められた。最初の2回の後、担当官が上司に「嫌疑なし」と報告した話を直接聞いたが、更に捜査を受けた。現場の意向が尊重されず、何らかの圧力がかかったのかと思った。

 今年4月、検事が「前後の文脈はわかるが、法的には問題があるから起訴する」と通告した。抗議すると「では調停にしよう」と言われた。原告から、仮処分の判決を受けて新たに出した削除版の絶版や日本版の修正などを求められたため、応じることはできず、調停は成立しなかった。

 検事は「おばあさんは売春婦だったということなのか!」と質問してきた。元慰安婦を(傷つけるような)テーマにした漫画のコピーを机にたたきつけ、「これを知らないのか」と怒鳴ったりもした。

 ――なぜそのような行動を取ったのでしょうか。

 彼らの考え方の根底には、売春に対する差別意識や「売春婦は傷ついた人ではない」という意識がある。私は、元慰安婦を傷つけるために著書を書いたわけではない。

 ――検察の主張をどう受け止めますか。

 検察は、虚偽の事実で元慰安婦の人格や名誉を大きく侵害し、学問の自由を逸脱していると主張している。学者としての解釈の問題に踏み込んでいる。しかし、私はすべて史料に基づいて解釈した。誰かを特定しているわけでもなく、慰安婦の過酷な状況をむしろ強調したつもりだ。「売春婦には苦痛などない」とする考え方がこうした事態を招いていると思う。

 検察の主張通りなら、全ての学者はすでにある考え方を踏襲しなければならず、政府を代弁しなければいけないことになる。しかも出版後、韓国政府も20年前は私と近い理解をしていたことを知った。もちろん、私は日本の立場を代弁しているわけでもない。

 ――韓国内で著書に反発する声も出ています。

 元慰安婦を支持する団体や男性学者には「守るべき対象は純潔でなければならない」という意識がある。元慰安婦は民族の象徴でもあり、そのイメージを変えてはいけないという考えを無意識に持っている。

 私は著書のなかで、元慰安婦を「売春婦」と呼ぶ人々を批判したつもりだ。「自発的売春婦だった」と主張する一部の日本人の話を指摘し、否定した。「管理売春」「公娼(こうしょう)」という言葉は使ったが、そのような指摘をしている学者は他にもいる。私の著書を読んで、元慰安婦らを「売春婦だ」と批判する人はいないはずだ。

 「元慰安婦と日本軍が同志的な関係にあった」と書いたのは、当時の全体的な枠組みを説明しただけだ。元慰安婦のなかには、似たような貧しい環境で育った日本軍兵士と良好な関係になった人もいた。すべて証言集に出てくることだ。

 「例外ばかりを書いて物語を作った」と批判する人がいるが、私は異なる史料と異なる解釈で過酷な状況を強調したつもりだ。読み方が偏っていると言わざるを得ない。

 ――反発の声が出る背景は何でしょうか。

 歴史をどう描くか、歴史にどう向き合うのかという問題。こうした根本的な問題に向き合うべき時代になった。韓国では戦後から冷戦が終わるまでの約50年間、反共が最重要な考え方で、日本について考えてこなかった。その間、戦後日本の姿は、韓国の人々に伝わっていなかった。

 ――今後、どのような執筆活動をしていきますか。

 これから二つのことをやりたい。以前からの宿題だった、著書を拒否して批判する人々の考え方の検証。第2に終戦直後、朝鮮半島から日本に引き揚げた人々の問題を扱いたい。日本人と朝鮮人の関係を問い直す機会になるからだ。

 戦争を経験していない人々が、観念的に歴史を解釈し、自己存在の証明に使う傾向がある。そうした傾向から抜け出し、真の当事者主義で歴史を見る必要がある。

 大学には起訴された場合に職務解除の学則があるのだが、これからどうなるのかはわからない。不名誉であることは事実だ。一方で、徐々に私の考えを理解してくれる人々が増えているのをせめてもの幸いと考えている。(ソウル=牧野愛博)
http://www.asahi.com/articles/ASHCV5HWYHCVUHBI02K.html

「起訴」に対する抗議声明;

 
朴裕河氏の起訴に対する抗議声明

『帝国の慰安婦』の著者である朴裕河氏をソウル東部検察庁が「名誉毀損罪」で起訴したことに、私たちは強い驚きと深い憂慮の念を禁じえません。昨年11月に日本でも刊行された『帝国の慰安婦』には、「従軍慰安婦問題」について一面的な見方を排し、その多様性を示すことで事態の複雑さと背景の奥行きをとらえ、真の解決の可能性を探ろうという強いメッセージが込められていたと判断するからです。

検察庁の起訴文は同書の韓国語版について「虚偽の事実」を記していると断じ、その具体例を列挙していますが、それは朴氏の意図を虚心に理解しようとせず、予断と誤解に基づいて下された判断だと考えざるを得ません。何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず、むしろ慰安婦の方々の哀しみの深さと複雑さが、韓国民のみならず日本の読者にも伝わったと感じています。

そもそも「慰安婦問題」は、日本と韓国の両国民が、過去の歴史をふり返り、旧帝国日本の責任がどこまで追及されるべきかについての共通理解に達することによって、はじめて解決が見いだせるはずです。その点、朴裕河氏は「帝国主義による女性蔑視」と「植民地支配がもたらした差別」の両面を掘り下げ、これまでの論議に深みを与えました。

慰安婦が戦地において日本軍兵士と感情をともにすることがあったことや、募集に介在した朝鮮人を含む業者らの責任なども同書が指摘したことに、韓国だけでなく日本国内からも異論があるのは事実です。しかし、同書は植民地支配によってそうした状況をつくり出した帝国日本の根源的な責任を鋭く突いており、慰安婦問題に背を向けようとする日本の一部論調に与するものでは全くありません。また、さまざまな異論も含めて慰安婦問題への関心と議論を喚起した意味でも、同書は大きな意義をもちました。

起訴文が朴氏の「誤り」の根拠として「河野談話」を引き合いに出していることにも、強い疑問を感じざるを得ません。同書は河野談話を厳密に読み込み、これを高く評価しつつ、談話に基づいた問題解決を訴えているからに他なりません。

同書の日本版はこの秋、日本で「アジア太平洋賞」の特別賞と、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を相次いで受賞しました。それはまさに「慰安婦問題」をめぐる議論の深化に、新たな一歩を踏み出したことが高く評価されたからです。

昨年来、この本が韓国で名誉毀損の民事裁判にさらされていることに私たちは憂慮の目を向けてきましたが、今回さらに大きな衝撃を受けたのは、検察庁という公権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出たからです。何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題です。特定の個人を誹謗したり、暴力を扇動したりするようなものは別として、言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理ではないでしょうか。なぜなら学問や言論の活発な展開こそ、健全な世論の形成に大事な材料を提供し、社会に滋養を与えるものだからです。

韓国は、政治行動だけでなく学問や言論が力によって厳しく統制された独裁の時代をくぐり抜け、自力で民主化を成し遂げ、定着させた稀有の国です。私たちはそうした韓国社会の力に深い敬意を抱いてきました。しかし、いま、韓国の憲法が明記している「言論・出版の自由」や「学問・芸術の自由」が侵されつつあるのを憂慮せざるをえません。また、日韓両国がようやく慰安婦問題をめぐる解決の糸口を見出そうとしているとき、この起訴が両国民の感情を不必要に刺激しあい、問題の打開を阻害する要因となることも危ぶまれます。

今回の起訴をきっかけにして、韓国の健全な世論がふたたび動き出すことを、強く期待したいと思います。日本の民主主義もいま多くの問題にさらされていますが、日韓の市民社会が共鳴し合うことによって、お互いの民主主義、そして自由な議論を尊重する空気を永久に持続させることを願ってやみません。

今回の起訴に対しては、民主主義の常識と良識に恥じない裁判所の判断を強く求めるとともに、両国の言論空間における議論の活発化を切に望むものです。

2015年11月26日

賛同人: 浅野豊美、蘭信三、石川好、入江昭岩崎稔上野千鶴子、大河原昭夫、大沼保昭大江健三郎、ウイリアム・グライムス、小倉紀蔵小此木政夫、アンドルー・ゴードン、加藤千香子、加納実紀代、川村湊、木宮正史、栗栖薫子、グレゴリー・クラーク、河野洋平、古城佳子、小針進、小森陽一酒井直樹島田雅彦千田有紀、添谷芳秀、高橋源一郎竹内栄美子田中明彦、茅野裕城子、津島佑子東郷和彦中川成美中沢けい中島岳志成田龍一西成彦、西川祐子、トマス・バーガー、波多野澄雄、馬場公彦、平井久志、藤井貞和藤原帰一星野智幸村山富市、マイク・モチズキ、本橋哲也、安尾芳典、山田孝男四方田犬彦、李相哲、若宮啓文(計54名、五十音順)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/26/park-yuha-charge-remonstrance_n_8659272.html

See also
北野隆一「日米の学者ら抗議声明 「帝国の慰安婦」著者の在宅起訴」http://www.asahi.com/articles/ASHCV468SHCVUTIL01H.html


朴裕河さんのテクスト;

「それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由」http://www.huffingtonpost.jp/park-yuha/korea-comfort-women-issue_b_5782226.html
慰安婦支援者に訴えられて」http://www.huffingtonpost.jp/park-yuha/korea-japan-nanum_b_5673760.html
吉野太一郎「慰安婦問題から「日韓ともに売春差別への自覚を」 朴裕河教授に聞く」http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/30/park-yuha-interview_n_6395822.html


また、事件の文脈の解説としては、

木村幹「従軍慰安婦問題を巡る常識と言論空間」http://www.huffingtonpost.jp/kan-kimura/comfort-women-common-sense_b_5510172.html
それから;


「帝国の慰安婦をめぐる訴訟についてのリンク集」http://anond.hatelabo.jp/20151120135821

なお、「慰安婦」問題については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050601 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050809 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060529/1148917245 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060916/1158376607 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070316/1174066719 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070326/1174919208 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070327/1175009584 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070423/1177294758 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070705/1183661994 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201705768 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090419/1240150549 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091217/1261074876 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100826/1282799908 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130503/1367548523 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130514/1368501019 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130528/1369714773 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130601/1370089865 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130625/1372115074 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130703/1372866144 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130720/1374342477 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130724/1374640501 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130910/1378829609 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131027/1382840942 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140726/1406364098 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140914/1410710586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140924/1411533872 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140928/1411872266 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141107/1415294722 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141223/1419349780 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150217/1424186502 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150224/1424797790 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150520/1432144396で言及している。