1970年代

若島正*1「70年代前半 俊英のミステリ時評」『毎日新聞』2021年11月20日


瀬戸川猛資*2、松坂健『二人がかりで死体をどうぞ』の書評。この本は1970年代前半に書かれた、「二人のミステリ時評を集めたもの」。


昭和は遠くなりにけり。一九七〇年代前半といっても、どんな時代だったのかすぐに」イメージがわく人は少ないのではないか。本書で時評として取り上げられた作品の中で、その時代を思い出す手がかりになりそうなものを挙げれば、小松左京の『日本沈没*3であり、半村良の『石の血脈』だろう。『瀬戸内殺人海流』を出したばかりの西村寿行*4は「本物の大型新人」と評され、西村京太郎*5はまだ十津川警部シリーズを書いていなかった。海外ミステリで言えば、ディック・フランシス*6が六〇年代後半に競馬シリーズで読書界を興奮させた、その後になる。

本書は、企画がスタートした時点では、『猛資と健の青春ミステリ時評』という
仮題が付いていたという。それは二人がまだ若かったというだけの意味ではない。七〇年代前半はミステリ界もいわば青春時代だった。たしかに刊行点数は増えていたが、「あの頃は自由に好きなミステリに打ち込んでいられたなあ」と松坂健があとがきで述懐するように、読者の側も新刊ミステリの話題作を追いかけていられるだけの余裕があった。しかし、やがては大洪水の時代がやってくる。新刊書の洪水の中で溺れずにいるだけでも大変な時が。