「おばけずき」(メモ)

東雅夫「おばけずきの奇縁――漱石と八雲」『漱石山房記念館だより』4、pp.2-3、2020


夏目漱石*1小泉八雲ラフカディオ・ハーン*2の共通点としての「おばけずき」を巡って。


さて、八雲と漱石のなにやら因縁めいた共通点のなかで、私がとりわけ注目しているのが、稀にみる「おばけずき」文学者としての資質である。おばけずきとは泉鏡花が好んで用いた言葉で(泉鏡花「おばけずきの謂れ少々と処女作」参照)、幽霊や妖怪の物語を好む性癖を指す。
八雲に関しては多言を要しまい。不朽の名著『怪談』をはじめ『知られぬ日本の面影』から『骨董』にいたる来日後の諸作はもとより、それ以前のジャーナリスト時代から、迫真の怪談実話ルポやエキゾティックな怪談奇談集などを手がけていたのだから。
一方の漱石も、数こそ少ないが、当時としては先駆的でハイクオリティな怪談文芸作品を遺している。すなわち「夢十夜」と「永日小品」にまとめられた怪奇幻想の掌編群であり、英国留学中の見聞にもとづくゴシック&スピリチュアリズムの影響色濃い短篇集『漾虚集』である。とりわけ「夢十夜」の「第三夜」――鷺の影がさす田圃道を、盲目のわが子を背負って森へ向かうと、「御前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」と声がして、背中の子が石地蔵のように重くなるという夢魔めいた物語は、八雲作品との関わりにおいても見のがせない。
八雲が明治23(1890)年に来日して最初に上梓した大著『知られぬ日本の面影』に含まれる紀行文「日本海に沿うて」は、実のところ柳田國男の『遠野物語』(1910)*3に先駆する怪談実話集としても興味深い作品だが、その中に「子捨ての話」とか「持田の百姓」と通称される出雲地方の怪談話が出てくる。
貧しさのため、生まれたばかりの赤子を川へ流す所業を繰りかえしていた農夫が、ようやく裕福になり、新たに生まれた男児を跡継ぎに育てることになる。ある月のさやかな晩、庭でわが子をあやしながら「今夜は良い月夜だ」と呟くと、抱いていた子が農夫の顔をみつめて、「おとなのような言葉つき」(平井呈一訳)で言った、「最後にわしを捨てたのも、こんな月夜の晩だったね」……すでに多くの研究者が指摘しているとおり、漱石の「第三夜」との類似は明らかだろう。
かつて『文豪怪談傑作選・明治篇 夢魔は蠢く』というアンソロジーを編むに際して、私は漱石の「夢十夜」と並べて、八雲の『きまぐれ草』を収録したことがある。これは原題を『Fantastics and Other Fancies』という掌編集で、ニューオリンズでの新聞記者時代に地元紙に寄稿した文章が収められている。「幽霊の接吻」「石に書かれた名前」「死後の恋」等々、各篇のタイトルにも、幽玄で運命的な愛と死を主旋律とする内容が歴然としている。そう、同書はいわば八雲版の「夢十夜」なのである(発表時期は「夢十夜」が後だが、『きまぐれ草』の刊行は八雲没後の1914年なので、直接の影響関係は考えにくい)。(pp.2-3)
小泉八雲集 (新潮文庫)

小泉八雲集 (新潮文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

こちらもメモしておく;

ちなみに松江では、昨年(2019)2月に、能楽師の安田登さんプロデュースによる創作舞台『天守物語』(泉鏡花原作)*4が上演され、かく申す私もひょんな御縁で、鏡花先生役(原作にはない)と工匠・桃六役で出演することになった。しかも、松江ならでは趣向として、八雲の曽孫にあたる民俗学者の小泉凡さんに特別出演をお願いして、舞台上で松江城をバックに、旅行中の鏡花と八雲が遭遇するシーン(もちろん原作にはない)で幕を開けるという愉快な趣向を実現することができた。一生ものの佳き思い出である。(p.3)
夜叉ケ池・天守物語 (岩波文庫)

夜叉ケ池・天守物語 (岩波文庫)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050716 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070817/1187353541 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080820/1219205407 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080905/1220637463 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080910/1221023275 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090212/1234405882 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090819/1250711074 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091002/1254450462 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110626/1309107227 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111223/1324580185 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120224/1330041925 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160902/1472832572 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161225/1482674535 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170804/1501815508 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170925/1506311263 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171212/1513051329 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180516/1526459233 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180523/1527049527 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180529/1527614637 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/28/122332 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/03/03/004852 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/23/113327 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/01/16/123211 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/01/19/112906 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/22/093931 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/09/16/084132

*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060502/1146551271 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080827/1219808453 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/18/110311

*3:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090218/1234940110 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091026/1256526561 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100616/1276684584 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/28/131057 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/08/13/091137 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/03/18/161022 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/09/02/095042

*4:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/04/09/214004