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柳広司「らしからぬ不穏――夏目漱石『それから』」『図書』(岩波書店)826、2017、pp.40-44
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180516/1526459233の続き。
「漱石山房」を巡って;
明治以降「師匠(先生)・弟子」の人間関係が文壇を形作ってきた。その頂点をなすのが、漱石山房――「木曜会」の人々だったことは論を俟たない。漱石山房に集まったのは、芥川龍之介、寺田寅彦、久米正雄、中勘助、鈴木三重吉、野上弥生子、阿部次郎、和辻哲郎など、錚々たるメンバーで、まさにその後の文壇を形成した人たちだ。
よく知られている通り、漱石自身は明治文壇とは交わらず、意識的に距離を保っていた。弟子も、正式には一人もとっていない。が、漱石山房に集まった者たちにとっては漱石こそが「先生」であり、独特の尊敬と畏怖の対象であった。
漱石の死後、残された彼ら(自称”弟子”たち)が作品の評価を決めることになる。
『猫』の諧謔も『坊っちゃん』のやんちゃも『草枕』の衒学趣味も『彼岸過迄』の実験精神も(成功しているか否かはともかく)良い。『夢十夜』の幻想性も悪くない。だが、『それから』はいけない――彼らはそう思ったはずだ。(pp.42-43)
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(前略)師はどこまでいっても尊敬すべき師である。どんなに忌憚のない批判が交わされたとはいえ、やはりそこには父に対する息子たちの「甘え」のようなものが見えてくる。つまり、漱石という
「父」を中心にして形成されたこの疑似家族共同体は、漱石自身が『道草』を通して示したような「父殺し」を徹底できない。だから、そこにはフロイトのいう強力な「男どうしの同盟」(『トーテムとタブー』)というようなものは生まれえなかった。
言いかえれば、「漱石山房」の集まりはけっして結束の固い徒党とはならず、むしろそこには、「個人主義」を標榜した「家長」にふさわしく、それぞれに想いを異にする記憶の絆だけが残った。そして疑似共同体の成員たちにとって、その絆を保つための仕事が全集編纂という共同の「喪」の作業であったといえる。はたして漱石が亡くなった直後に、岩波茂雄のイニシアティヴで強引に出版にこぎつけられた最初の漱石全集の編集に名を連ねたのは、寺田寅彦、松根豊次郎(東洋城)、阿部次郎、鈴木三重吉、野上豊一郎、安倍能成、森田草平、小宮豊隆の八人、いずれも疑似家族の「息子たち」であった(後略)(pp.136-137)
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