小林敏明『夏目漱石と西田幾多郎』

今月初めに小林敏明『夏目漱石西田幾多郎――共鳴する明治の精神』を読了。


序章 西田はなぜ漱石に手紙を書いたのか
第一章 没落する家から生まれる独立の精神
第二章 人と知のネットワークのなかで
第三章 一生の宿題となった公案の問い
第四章 ベストセラーは何をもたらしたか
第五章 戦争時代のメンタリティ
第六章 内省を表現するとはどういうことか


あとがき
対照年表
参考文献

倫敦留学中の夏目漱石*1の1901年7月22日付のの日記には、「金沢の西田」から「手紙」を受け取ったという記載がある(p.2)。「漱石が書き残したものの中に西田の名前が出てくるのは、後にも先にもこの一回だけである」(p.3)。また、「同じ時期の西田の方の日記と照合してみても、漱石宛に手紙を出したという記録はない」(ibid.)。西田幾多郎*2によれば、「顔位は一寸知って居る」程度(cited in p.3)、要するに「二人の関係」は「お互いに顔を知っている程度でしかなかった」(p.4)。この二人はアルフレート・シュッツが謂う意味での「同時代人」だったということになる*3。本書の基調となっているのは、この「お互いに顔を知っている程度」の同時代性である。この同時代性は、思想史的には「図らずも、漱石作品のあの執拗な心理描写と西田哲学のあの回りくどい論理表現は同じ苦吟を表現しているが、それは徒手空拳、自分の意思と思考だけを頼りに「近代」と格闘した彼らの「人生」の現場を赤裸々に映し出しているのだ」と表現されることになる(pp.11-12)。
漱石と西田の同時代性について、さらに;

漱石が生まれたのは慶応三年すなわち一八六七年の二月である。翌一八六八年にはいわゆる戊辰戦争があって、江戸でも新政府軍と彰義隊が戦った上野戦争が起こっている。見方によっては、漱石は内戦状態の中で生を享けたといってよい。その後戦線は北へ移り、最後は一八六九年の箱館戦争をもって戊辰戦争は一応の終結をみるのだが、それで国情が治まったわけではなく、その後も西日本を中心に不平士族の反乱が起こり、とりあえず内乱状態が解消されるには一八七七年の西南戦争終結を待たねばならなかった。
ということは、一八七〇年生まれの西田もまた、多かれ少なかれいまだそういう内乱状態のつづく不安定な国情の中で生を享けたということになる。興味深いことに、(略)この一連の出来事にちなんで西田が若いときから英雄視していたのが、戊辰戦争の中で長岡藩兵を率いて新政府軍と戦って敗れた河井継之助、戦後も新政府を激しく批判し、政府転覆の嫌疑をかけられて処刑された米沢藩雲井龍雄、そして西南戦争の立役者西郷隆盛であり、いずれも反政府側に立って敗れた人物ばかりである。西田は最後の南洲遺訓を愛読書のひとつとしていたし、一九一〇年に鹿児島教育会から招待を受けた時には西郷の墓と旧宅を訪ねてもいる。雲井に関しては、選科在学中の一八九一年にわざわざ谷中に墓参りをしている。(略)
また没年を振り返ってみても、漱石第一次大戦中の一九一六年、西田の方は一九四五年の第二次大戦終結直前だから、二人の生涯は戦争に始まり、戦争に終わったといっても過言ではない。こういう世代にとって戦争は「例外状態」(カール・シュミット)というより、むしろ「常態」であり、したがって彼らの戦争観も、今日のわれわれが抱いているのとはまた違うものではなかったかと思われるのである。(pp.154-155)
西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

因みに、

(前略)著作というのは、普通は一般ないし特定の読者を想定して、その合意を期待しながら書き進められるものであり、いわば「理解」の共有が前提とされている。だが、西田にはまさにその暗黙の合意が欠落しているのである。西田はその欠落を補うために、やはり繰り返し「なければならない」を連発して、自分に言い聞かせなければならないのだ。(p.207)
また、同じ頃、村田沙耶香『ギンイロノウタ』、ル=グイン『空飛び猫』(村上春樹訳)を読了。
ギンイロノウタ (新潮文庫)

ギンイロノウタ (新潮文庫)

空飛び猫 (講談社文庫)

空飛び猫 (講談社文庫)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050716 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070817/1187353541 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080820/1219205407 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080905/1220637463 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080910/1221023275 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090212/1234405882 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090819/1250711074 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091002/1254450462 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110626/1309107227 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111223/1324580185 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120224/1330041925 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160902/1472832572 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161225/1482674535 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170804/1501815508 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170925/1506311263

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050716 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070127/1169872420 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081223/1229999732 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091204/1259903793 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100823/1282561430 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110212/1297527735 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120706/1341542465 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130806/1375790256 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150621/1434908617 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150724/1437759469 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160609/1465433206

*3:『社会的世界の意味構成』や『生活世界の構造』を参照されたい。

社会的世界の意味構成―理解社会学入門

社会的世界の意味構成―理解社会学入門

Structures of the Life-World (Studies in Phenomenology and Existential Philosophy)

Structures of the Life-World (Studies in Phenomenology and Existential Philosophy)