汽車に乗る漱石

川本三郎*1「文豪と旅をたどる至福」『毎日新聞』2020年5月2日


牧村健一郎*2漱石と鉄道』の書評。


夏目漱石はこんなにも鉄道の旅をしていたのか! その事実にまず驚く。漱石というと書斎の人と思い込んでいたから。

[漱石の]作品のなかでよく鉄道が語られるのだが、本書を読むと、漱石の鉄道への関心は並大抵のものではなかったことがわかる。
著者は『新聞記者夏目漱石』『旅する漱石先生』の著書がある漱石研究家。そして何よりも小学生の頃から鉄道の時刻表を読むのが好きだった鉄道ファン。そこから鉄道の旅をする漱石という、これまであまり語られなかった一面に着目した。実に新鮮。

著者は、漱石が乗った鉄道を路線ごとに辿ってゆく。東海道線をはじめ、御殿場線信越線、山陽鉄道、九州鉄道、伊予鉄道。関西では、阪急電鉄の前身であった箕有電軌、さらには南海鉄道にも乗っている。こんなにも各地の鉄道に乗っていたのかと驚かざるを得ない。
一方で、漱石は、鉄道がもたらす能率、スピード、利便性などに近代文明のあやうさも見ていた。

圧巻は『坊っちゃん*3の「おれ」の松山行きの旅程を検証するくだり。作品のなかでは新橋駅で汽車に乗ってから途中が省略され、いきなり松山の港、三津浜に着く。
途中はどうだったのか。従来の研究だと、東海道線山陽鉄道を経て広島(宇品)から船で松山に入ったとされている。著者は時刻表を調べ、「おれ」は山陽鉄道ではなく、神戸から瀬戸内航路で三津浜に直行したと考える。(後略)

さらに驚くのは――。福岡の第三セクター平成筑豊鉄道*4には東犀川三四郎駅という小さな駅がある。『三四郎*5のモデルとされている漱石の弟子で、ドイツ文学者の小宮豊隆の出身地なのでこの駅名が付けられた。著者はこの駅にも足を運んでいる。