「失敗」か「無敗」か - Living, Loving, Thinking, Again

滝本多加志*1「結局、人は失敗から学べないのか」『書標』（丸善ジュンク堂書店）526、pp.6-9、2022

有名な戸部良一ほか『失敗の本質　日本軍の組織論的研究』（p.6）を初めとする「失敗」についての本を紹介している。
「失敗」は「成功」よりも重要であるということ。

成功よりも失敗に目を向ける流儀は、今回紹介している書物に共通のものだが、それを「学」として定着させたのが、畑村洋太郎『失敗学のすすめ』（講談社文庫・七四八円）ではないだろうか。二〇〇〇年初版のこの本は、失敗を創造の契機として、むしろポジティブに捉える姿勢が多くの共感を生んでロングセラーになっている。同時に、本書はすぐれた教育論でもあるが、その特長をさらに転回したのが、最新書の一つである畑村洋太郎『新失敗学　正解をつくる技術』（講談社・一八七〇円）である。著者は「決められた正解を素早く出す」ことが優秀な人とされた時代は終わり「自ら正解をつくる」ことができる人の時代が到来しているとの認識のもと、正解をつくる過程で避けられない失敗との向き合い方を説く。
このような失敗の意義や価値を見直そうとする流れは、今や広く浸透しつつあるようで、「14歳の世渡り術」シリーズの一冊、雨宮処凛 *2『生きのびるための「失敗」入門』（河出書房新社・一五六二円）にも引き継がれている。最初の章が「失敗や挫折は一生の仕事のエネルギー」、最後の章が「一番幸せなことは、死なない程度に『安心して』失敗できること」と題された本書は、まさに失敗の価値を積極的に肯定する考えをベースにしている。（p.8）

滝本氏には「根源的な疑問」があるという；

（前略）そもそも、「失敗」の対義語は「成功」なのか。そうではなく、成功を得るために失敗を忌避する思考の筋道自体が、ある錯誤を含んでいるのではないか。むしろ、「失敗」の対義語は「成功」ではなく「大失敗」なのではないか。死に至るような重大ミスや、戦争が不可避になる事態が大失敗だとすれば、そんな大失敗に至らぬために一定の失敗は許容し、失敗から学ぶ道筋を見出すべきではないのか。あるいは、「失敗」の対義語は「無敗」ではないのか。無敗とは、失敗を認めない態度の極致であり、我らが失敗するはずがないという根拠なき「集団浅慮」そのものであり、『失敗の本質』以降、一連の書物が最も戒めてきた思考様式ではないのか。
無敗の成長神話というものが、かつて一定のリアリティを有した時代があったのかも知れない。しかし、今や世界はまったく異なる局面に突入している。にもかかわらず、過去のものとなった成功体験を性懲りもなく追い求める風土が、私たちの周りに根強く残っていることは、吉見氏の前掲編著書*3が鋭く検証した通りである。その文脈を踏まえて。「失敗の本質」から目をそらさず、過ちを再生産しないためにも、今こそ撤退を論じる時期だと主張するのが、内田樹 *4編『撤退論　歴史のパラダイム転換にむけて』（晶文社・一八七〇円）である。本書は十六名の論者の撤退論を集めたアンソロジーで、それゆえに一編あたりの論考が短く、多様性は有するものの拡散的となったのが弱点であるが、「撤退」を正面から取り上げた点は貴重である。（pp.8-9）

*1:「三省堂」の人であるという。

*3:吉見俊哉編『検証　コロナと五輪　変われぬ日本の失敗連鎖』河出新書。See p.7.