「小学校低学年の頃」?

雨宮処凛さん*1の植松聖裁判レポートには改めて言及したいのだけど、このツィート;


「初志貫徹」とか「三つ子の魂」とか言っている人もいる*2。また、「小学生の子どもが、障害者に嫌悪感持つなんて、あり得ない」という人も*3。でも、ガキというのはけっこう残酷で、成長とともに寛容さとか視野の広さといったものを身に着けていくという側面もあるんじゃないか。それよりも驚いたのは、「小学校低学年」で「障害者」という一般的カテゴリーを知っていたということだ。「障害者」と言っても多様なわけで、現実に存在し・私たちが出会うのはそれぞれ特定の障碍(困難)(目とか耳とか)を抱えた人たちにすぎない。それらを一絡げにして細部を捨象した「障害者」というものを、「小学校低学年」が知っているものなの? という疑問。自分の記憶を辿っても、「小学校低学年」の頃、「障害者」は知らなかった。勿論、世の中には目の見えない人を初めとする、後の私が「障害者」と認識するような人たちがいるということは知っていたけれど。