「恋愛工学」を巡ってあれこれ

承前*1

所謂「恋愛工学」を巡る言説を読んでみた。その殆どが批判的言説であるが。


雨宮紫苑*2「恋愛工学はだれも救わない。恋愛の経験値に価値はない」http://www.amamiyashion.com/entry/liebestechnologie


このエントリーは「恋愛工学で攻略できるのは、恋愛ではなく、性欲の処理だけです」ということに尽きるだろう。また、「恋愛工学で救えるのは、「モテれば人生バラ色になる!」と信じ込んでいる、冴えない男性だけです」。さらに、「勘違いしたモテない男子たちが、「とにかく連絡先聞きまくって部屋へ連れ込めばOK!抵抗するのは『嫌よ嫌よも好きのうち』だから押せばOK!」って暴走する予感しかしません」。
「恋愛工学」というのは要するに〈非モテ・ビジネス〉であるらしい。


東本由紀子「モテを科学で解き明かす「恋愛工学」に女性から批判の声 「ナンパ本の流用」「人格無視」」https://wotopi.jp/archives/19139


青柳美帆子さん*3へのインタヴュー記事。因みに、青柳さんのblog エントリーは「恋愛工学」批判という文脈においてはよく引用・言及されているようだ。また、「恋愛工学徒」からも注目されている;


「恋愛工学が謎タームばかりでめっちゃキモ面白い件」http://ao8l22.hatenablog.com/entry/2015/03/07/160128
「恋愛工学のエントリを書いて、こんな反応をもらったよまとめ」http://ao8l22.hatenablog.com/entry/2015/03/09/205715


インタヴュー記事に戻ると、


「恋愛工学の一番の問題点は、デートレイプを推奨していることです。例えば、恋愛工学でもナンパ師界隈でも使われる用語の『グダ』。これは女性がセックスを一旦嫌だと拒否することを意味する単語です。彼らはグダに出会うと『女性はOKであっても一度は拒否するスタンスを取るものだから』という理屈で、グダを無視してセックスしようとします。そこには『相手は本当はどんなことを思っているんだろう』と考える思いやりや尊重がありません。ありえないですよ。『嫌だ』と思っている女性と無理矢理セックスするのはレイプです。しかもグダを崩すテクニックとして紹介されている『トモダチンコ』は、『男性器を露出して女に見せたり押し付けたりする技』なんですよ。男性器を押し付けると、結局女は好きになっちゃうし本能が目覚めちゃうって理屈だそうです」

恋愛工学だけでなく、ナンパ師の動向についても日々ウォッチしているという青柳さんによると、「恋愛工学のメソッド自体はまったく目新しいものではなく、『ザ・ゲーム 退屈な人生を変える究極のナンパバイブル』『モテる技術』といったアメリカなど海外で流行したナンパハウツー本をそのまま流用している部分がほとんどです」とのこと。
しかし、そういうことが「恋愛工学」の本質ではないんだと論じている人もいる;


「【藤沢数希】恋愛工学という厄介な新興宗教【批判】」http://blog.skky.jp/entry/2015/08/07/181457


興味深かったのは、「有料メールマガジンというプラットフォーム」について論じているところ。
曰く、


恋愛工学がすごいのは、恋愛という対象と有料メルマガの特徴を最大限に引き出している信者ビジネスだからだ。これを確立したという点に関しては、藤沢数希は評価に値すると思う。

 科学が科学であるために重要なのは誰もがソースを遡って検証できるということだが、有料メルマガの特性上、ソースを見るために課金が必要ということになっている。これはなかなか上手い!こうやって批判してる僕も藤沢数希にお金を払っているわけだからね。


 実際に課金して見てみたメルマガの内容は、?藤沢数希のテキスト、?マーケットやレストランの記事、?読者投稿コーナーと、どれも似たような構成になっている。

 まず?藤沢数希のテキストだが、有料メルマガだから無料のものより質が高いということは一切なく、むしろ低い。公平を期すために言うなら、藤沢数希はもともと人気ブロガーであり、それなりに面白くてなるほどと思わせる記事も書いてある。


(前略)実は、藤沢数希の記事の中でそれなりに有用だったり面白いもの、一番良い部分はすべて無料公開されている。有料記事だからと言ってクオリティが高いわけではなく、それではメルマガで何が書かれているかというと、身内向けのモチベーショントークだ。

 要約するなら、「恋愛工学というのはとても凄くて素晴らしくて本当にヤバい画期的な方法論で、恋愛工学を受講している君たちは勝ち組で、結局のところ男はいい女とセックスできるかどうかで価値が決まって、女子の悩みを聴いたりする面倒な仕事はチ◯ポ騎士団(藤沢数希はメルマガを受講していない男のことをそう呼んでいる)達に任せて、俺たちはひたすらいい思いをしようぜ!」みたいなことが毎回書かれている。

 メルマガには続きが気になるようなキャッチーなテーマのものもあるが、中身は全部同じで、仕組みがわかってしまえば校長先生の話よりも退屈だ。


 モチベーショントークの次には、?間を埋めるためのマーケットやレストランなどの話。恋愛工学のノウハウが使える「ブログではいえないお店」ということになってるが、単に行ったことのある店を紹介してるだけだと思う。


 そして、?読者の体験談や交流コーナー。有料メルマガのテキスト量の大半をこの部分が占め、要は「◯◯を使って成功しました!」という話を他の読者と共有して「恋愛工学最高!」みたいな感じになっている。

 これが有料メルマガの全貌で、週に一回投稿されて月額800円ちょっと。値段分の価値があるとは到底思えないが、信者ビジネスにしては良心的な価格設定だ。


信者ビジネスは他にも色々あるが、恋愛工学の会員料は月額840円とお布施にしてはかなり安く、恋愛という広く関心の集まる分野を狙った、テキストのみの薄利多売信者ビジネスだ。教祖は藤沢数希一人であり(藤沢数希という集団である可能性もあるが)、人前に出るリスクを負うこともなく、メルマガは片手間で更新できるような内容なので、十分すぎるほど美味しいだろう。

 藤沢数希自体はブログの下積みも長いし、人気ブロガーとしての実力もあるが、注目を集めることができるネタは寄稿という形で他メディアに無料で投稿して、有料メルマガでは信者を持ち上げて外側を馬鹿にする身内向けの内容。恋愛と金融工学を組み合わせたように見せかけ、馬鹿の関心とプライドをうまい具合にくすぐるという、まさに文字媒体信者ビジネスのお手本だ。

これを読んで、事の本質がわかったような気がした。「恋愛工学」というコミュニティのメンバーにとって、「ナンパ」とか「セックス」というのはせいぜい第二義的な意味(価値)しか持たないのでは? 鍵言葉はホモソーシャル*4。、「ナンパ」とか「セックス」というのは「恋愛工学」内部のホモソーシャルな絆が成立・存続するためのネタにすぎないわけだ。勿論、、「ナンパ」とか「セックス」がどうでもいいというわけではないだろう。ポイントを上げれば、それだけコミュニティ内部における箔がつくわけだから。「恋愛工学」が「女性蔑視」だというのは、たんに女性を〈歩く萬古〉に還元してしまっているということだけでなく、そもそも女性をホモソーシャルな絆のためのネタとしてしか見ていないが故なのでは? 勿論これは極論だけど。
さて、


たにし「森岡先生の『正しい』言葉が、恋愛工学生に届かない理由」http://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2017/02/03/164734


このエントリーの前提となっている森岡正博氏のエントリーが削除されているようなのだが*5
「恋愛工学は女性蔑視で「あるがゆえに」、ミソジニー男性から支持されている思想だ」という。しかし、この〈正しさ〉に眩惑されてはならない。というか、この「ミソジニー」を弁護して、情状酌量を求めるようなエントリーだからだ。


恋愛工学で描かれる女性像は、酷く露悪的で、利己的で、エゴイズムに満ちている。男性の誠実さ、優しさではなく、容姿、社会的地位、権力、カネ、表層的なエスコートテクニック等に惹かれ、股を開く。『※ただし、イケメンに限る』というネットスラングに代表されるこうした「醜い」女性像は、しかし、ただの被害妄想と言い切ることはできない女性像だと私は思う。

恋愛工学にハマる人間は、こうした「恋愛カースト」において、割を食わされていると感じている人間だ。恋愛における女性の「本音と建前」に、不信感を抱いている人間だ。君の心がわかるとたやすく誓える男になぜ女はついてゆくのだろう、そして泣くのだろう。あんなチャラ男よりも俺のほうが遙かに君のことを大切に考えているというのに、女はなんと男を見る目がないのだろう。

この認識が、正しいものなのかは分からない。その通りだという場合もあれば、単なる男性の嫉妬という場合もあるだろう。しかしなんにしろ、こうした実体験を経て「女は男を見る目がない」「女は醜い」という女性観を持つに至った非モテ男性にとって、恋愛工学が描く利己的で醜悪な女性像は、自らの考えを肯定し正当化してくれる、とても魅力的なものとして映る。


恋愛工学がミソジニー男性から支持を集める理由は、まさしくここにある。


恋愛工学で女性をモノに(『物』に!)する度に、彼らは女性の醜さを再確認する。「このようなゲスな手口に簡単に引っかかる女は、やはり男を見る目がない、醜悪な生き物なのだ!」と。

この行動によって、彼らは自らの「女は醜い、男を見る目がない」というミソジニーに更に確信を深め、正当化させていく。実際には、恋愛工学という露悪的な『罠』により、わざわざ女性の醜悪な部分を暴き立て、見なくてもよい恥部を自分から覗き込みに行っているにも関わらず。

彼らは恋愛工学によって、女性と恋愛をしようとしているのではない。女性の醜さを露悪的に暴き立て、自らのミソジニー的な価値観の正しさを再確認し、正当化し、復讐するために恋愛工学を利用しているのだ。


これは、恋人や親にわざと嫌われる行動をとり自分への愛の純粋さを試すという、境界性人格障害に特徴的に見られる『試し行為』を思わせる自傷的な行動だ。境界性人格障害者と同じように、恋愛工学者は女性にゲスな罠を仕掛けることで女性の愛の純粋さを試し、純愛が得られないと見るや(自分からそう仕向けているのだから当たり前だ)「やはり女は醜い」と結論付け、自らのミソジニーの補強材料としてゆく。

この復讐の先に、救いはない。あるのは自らが招いた女性への更なる不信と、自らが招いた女性への更なる絶望だけである。


彼らは、恋愛や女性に対してあまりにも過剰な純粋さを求めすぎているのだ。女性に過剰な純粋さを期待しているから、現実の女性のエゴを認めることができず絶望し、ミソジニーに陥ってしまう。そんな彼等に純愛を説く森岡先生は、彼らの燃え盛るミソジニーの炎にガソリンをぶち撒けているようなものである。
そもそも「女性に対してあまりにも過剰な純粋さを求め」るというか、「女性」を〈処女〉と〈娼婦〉に二分割する、或いは〈聖母〉を加えて三分割するというのは「ミソジニー」の王道だった筈だ。基督教的なイコノロジーにおける聖母マリアマグダラのマリア*6という「マリア」の二重性とか(Cf. 岡田温司マグダラのマリア』)。
マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女 (中公新書)

マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女 (中公新書)

ところで、「恋愛工学徒」というのは有能な非モテといえるかも知れない。共通点として、現実存在と本質存在の取り違えというか、他者を「個人として尊重する」つもりもないし、自らも「個人として尊重」されたいとも思っていない、というか*7。青柳さんの「恋愛工学が謎タームばかりでめっちゃキモ面白い件」には、

私は基本的にナンパ師や恋愛工学受講生が大嫌いで、なぜかというと根本的にミソジニーで「男尊女卑だし女が嫌いだけど女の肉体は好き」という人たちであるなあという印象と、女の人格の存在に気づいていないので恋愛やコミュニケーションの失敗をすべて自分に原因があると考えている印象があるからです。

たとえばセックスマジ拒否という結果があったとして、もしかしたら生理とか口臭がイヤとか恋愛工学受講生だと気づいたとか生理前でイライラしてたとか実は男とかそういう理由があるかもしれないじゃないですか。ナンパ師や恋愛工学受講生は「このテクニックのこういうところがダメだったんだ…」と思う。世界に自分しかいない感じがめっちゃキモい。

こちらのテクストも、「恋愛工学」と「非モテ」を結び付けている;


ゆみ「カン違い非モテ男「恋愛工学生」を、最初のデートで見破る4つの特徴」https://joshi-spa.jp/360668

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180514/1526314731

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170806/1501958274

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150213/1423753689 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171114/1510685554

*4:See eg.http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060305/1141591716 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061012/1160664502 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080430/1209520910 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090702/1246541132 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090716/1247682636 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091124/1259062337 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110711/1310400277 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150512/1431444219 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160310/1457624745 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160423/1461397446 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160730/1469838677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161115/1479241450 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171114/1510685554 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171121/1511240378 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180217/1518868359 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180320/1521518896 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180412/1523502822

*5:http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20170202/1486027602

*6:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070226/1172501829 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141026/1414337023 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141202/1417500836 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160517/1463511219

*7:See eg. 雨宮処凛「「なぜ、セクハラはいけないのか」という本質が理解されてないっぽいという大問題。」https://www.huffingtonpost.jp/karin-amamiya/sexual-harassment-20180426_a_23420453/ Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180427/1524799090 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180515/1526347372