「ランキング」推移(沼野恭子)

沼野恭子「「名著」について思うこと」(in 『わたしと「名著」』 *1、pp.10-11)


沼野さんが「考える名著の条件は、第一に時空間を超越する普遍性があること、第二に作品として魅力をそなえていること、そして第三に感情が揺すぶられること、である」という(p.10)。


幼いころを除いて「名著」の筆頭は、変わらずレフ・トルストイ*2の『アンナ・カレーニナ』である。かつて生の意味に悩み葛藤する登場人物レーヴィンと出会い、遠く離れた一九世紀ロシアの小説にこの普遍的なテーマが埋め込まれていることを知って驚嘆した。それ以来、アンナの執拗なまでの愛の追求、家庭の幸福をめぐる悲喜劇、虚飾に満ちた社交界と素朴な農民の暮らしが混然一体となったこの魅惑的な作品は、正真正銘の名著であり続けている。(ibid.)

私の場合、一時的にジョン・アーヴィング*3『ガーブの世界』や永井荷風『濹東綺譚』*4が名著ランキングの上位に躍り出たこともあったが、長続きしたのはダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』だ。アメリカで生活していた時に英語の授業で読み、チャーリーの手記の文体が変化していくところに非常に心惹かれた。何年も経ってからアンナ・スタロビネツというロシアの若手作家のホラー小説『むずかしい年ごろ』を読んで「アルジャーノンだ!」と思った。少年が女王アリに脳を支配されるという設定の物語だが、少年の意識がしだいに女王アリの意思にのっとられていくさまが日記の文体の変化に現れていて、どうしても自分で翻訳したくなった。(p.11)
そして、「今は、エヴゲーニイ・ザミャーチン*5の『われら』が私の名著ランキングで『アンナ・カレーニナ』と並んでいる」という。(ibid.)