焼け跡の「愛国心」

海老坂武『戦争文化と愛国心*1から。
テッサ・モーリス=鈴木*2愛国心を考える』によれば、敗戦後の15年間というのは「日本において愛国心をめぐる議論がもっとも活発で生産的な時代の一つ」であるという(Cited in p.134)。「左右を問わず、この時代の愛国心論に共通するのは、荒廃した国土についての危機意識、そこから、どのようにこれを立て直すのかという、再建、復興への願望」であった(pp.135-136)。


戦後直後の愛国心論議の口火を切ったのは、ソ連から帰国したばかりの共産党野坂参三*3である。国家の再興のために、「徹底的な民主主義改革」が必要であることを説き、「共産主義者は封建的絶対主義や排外的帝国主義と結びついた〈愛国〉主義、ファシスト愛国主義を厳しく拒否する」とした上で、「民衆自体の生活のうちに深く培われ、彼等が自然に示すその民族、その国土への愛着」をこれに対比させる。愛国心という言葉こそ使っていないが、共産党共産主義者による愛国心宣言とおしてこれはその後しばしばあちこちで引かれることになる(「民主戦線の提唱」『社会評論』第三巻第一号、一九四六年)。
他方、保守、リベラリストの側では、同じ一九四六年に、重松俊明が国家にあざむかれる「愚かな愛国心」でなく「清純な愛国心」を、南原繁*4が「盲目的国粋主義」でない「真の祖国愛」を説いている。また安倍能成*5はいくつかの座談会で「ほんとうの意味の愛国心」が必要であることを力説している。ただ、肝心の「新しい愛国心」の内容は誰の場合にも漠としている。たとえば當時かなり有名になった「世代の差異をめぐって――進歩的思潮の批判と反批判」というう座談会の中で、高桑純夫*6に「ひとのことを考えるといわれる。それが主として愛国心という内容になるのですか」と尋ねられた安倍能成は「それはそうでしょうね」と間の抜けた答えを返し、議論が嚙み合わなくなる。(p.135)

(前略)共産党に近い論客はアメリカによる占領状態を念頭において「民族」を、また「下からの愛国心」を強調する(中野重治*7)。さらに、愛国心インターナショナリズムとは矛盾するものではなく「ナショナルとインターナショナルが同時に成立する」(柳田謙十郎)といった当時流行の、しかしよく考えてみると珍妙な言説が出てくる。
保守を代表するのはいくつもの座談会に出席している安倍能成であろうが、彼は「労働者の民主的要求の増大」のうちに「愛国」とは反する「放恣な力」が働いていることを指摘する。共産主義者の説く階級的愛国心に対する警戒感が強く、愛国心に「超階級性」を要求している。(p.136)
愛国心そのものにそっぽをむく者」として名を挙げられているのが谷川徹三*8渡辺一夫*9

谷川は、愛国とか売国という言葉はつねに政治的に利用せられる言葉だから、「こうい言葉を、地上からなくしたい」と言ってのける。この国の風景、文物、仲間に愛着を持つことは否定しないし、「その仲間に対してある義務」を感じることは否定しないが、これを愛国心と呼ばなくてもよい、という立場だ(座談会「愛国心とは何か」『前進』第三六号、一九五〇年)。
他方、渡辺は皮肉たっぷりに、満州国を作ったときのように日本や日本人が「馬鹿なこと変なことをする度毎」愛国心を感ずると述べている。渡辺にとって、愛国心を国民に感じさせる国や時代は「変なので」、愛国心は「よくない国、よくない時代の現象」ということになる(座談会「愛国心について」『展望』第四六号、一九四九年)。(ibid.)
なお、 柳田謙十郎の「当時流行の、しかしよく考えてみると珍妙な言説」についての注;

(前略)柳田は戦中に大東亜戦争を推進する国家主義的イデオローグであったが、戦後はいちはやく左に転向し、野坂発言に呼応するかのように、新たな「愛国心の哲学」なるものを発表し(一九四六年十月)、衣を変えて「愛国者」として戦後の言論界に登場している。戦前の「神国主義」の愛国心を批判し、愛国心の革命を説いているのだ(『新愛国論』文理書院、一九四七年に所収)しかもインターナショナリストとしてスターリンの」信奉者であることを知るとき、この言説はまったく珍妙とはいえず柳田本人の軌跡とも言える。(p.316)

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/06/19/023959 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/06/24/032250 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/07/01/080527

*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070316/1174066719 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070326/1174919208 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130304/1362329353

*3:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131002/1380642004 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/03/08/153941

*4:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20061110/1163174018 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20061113/1163434625 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070523/1179897577 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090826/1251225298 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130326/1364302603 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/11/23/094828 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/06/14/105318

*5:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130806/1375790256 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180523/1527049527

*6:See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A1%91%E7%B4%94%E5%A4%AB

*7:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090810/1249904638 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100528/1275052441 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100608/1275966360 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20130806/1375790256

*8:See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%BE%B9%E4%B8%89 谷川俊太郎の父親。

*9:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080320/1205977471 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/19/120636 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/25/030346 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/22/094722