ハイデガーと「スコラ」

山内志朗『中世哲学入門』*1から。
若きマルティン・ハイデガーは「中世スコラ哲学に深くはまっていた」(p.41)。山内氏が中世哲学に嵌り、「中世の深い森に入り込」んだのも(ibid.)ハイデガーの影響である。


とにかくも、ハイデガーの教授資格請求論文として提出された『ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論』(一九一五年)を見ると、スコラ哲学へのハイデガーの立ち位置が見えてくる。スコトゥスの著作の範疇論のところは、フルノのヴィタリス(一二六〇頃~一三二七)の『事物の本性について』への依拠、意義論の箇所はエルフルトのトマス(生没年不詳、一三〇〇頃活躍)の『思弁的文法学』への大幅な依拠を含む。一九二七年以前においては、スコトゥス全集にはスコトゥスの著作ではないものが多数混在し、多くの混乱を引き起こしていた。偽書が正確に指摘されるようになったのは一九二七年以降であり、ハイデガースコトゥス範疇論は歴史的展開を提示する点において重要である。中世哲学研究からもハイデガー研究からも、ハイデガーの教授資格請求論文は邪魔者扱いされているようである。しかし、迷いの中に真実が現出しやすいということもある。私は、スコトゥス偽作テキスト問題があったとしても、学問的価値があり、とても重要で示唆に富む著作だと思う。(pp.41-42)
山内氏は「『ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論』は、スコトゥス研究として問題はあるが、十三世紀から十四世紀のスコラ哲学の地図を得る上では照射する力を強烈に有している」と評価している(p.42)。

ハイデガーは『存在と時間*2(一九二七年)の刊行後、四月から『現象学の根本的諸問題』の講義を行っている。『存在と時間』がスコラ哲学から距離をとっているのに対して、『現象学の根本的諸問題』では、内在的に踏み込んで論じている。存在と本質の関係について、トマス・アクィナス、ドゥンス・スコトゥススアレス(一五四八~一六一七)を並べ、実存的区別、形相的区別、様態的区別の三つに整理している。このような哲学史整理は今では用いられないため、ここでは踏み込まない。古い整理の仕方だが、面白い論点が埋もれている。
ハイデガーはさすがにウィリアム・オッカム(一二八七頃~一三四七)に立ち入ることはないが、その問題圏をすでに示している。オッカムの唯名論は、破壊的な存在論ではない。唯名論的普遍は名のみのものとして捉えたという整理はその記述として極めて不正確であって、まったく逆に、唯名論は不可能なもの、キマイラも、〈理虚的存在〉ens rationisもリアルであると述べる立場なのである。そして、思想史の流れは思ったよりも過激sであった。オッカムは、無(nihil)も実在的であるとまでは言うことはなかったが、十七世紀になると、無もまた可知的である(intellibile)と語られるようになる。哲学の流れは、無もまた実在的であると述べる方向性にある。(pp.42-43)

*1:Mentioend in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/06/12/094109 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/07/07/104401 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/07/16/120515 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/07/20/102203 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/07/27/143140 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/08/07/161627

*2:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060108/1136730298 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070218/1171809771 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091116/1258370011 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091130/1259594080 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091212/1260644088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091223/1261595612 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100110/1263146695 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110111/1294728582 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110120/1295514427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110731/1312133286 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130523/1369282829 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141107/1415288740 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170906/1504668432 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170921/1505965976 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180417/1523932744 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180530/1527670001 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180605/1528212943 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180608/1528423805 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180618/1529290063 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/28/131057 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/02/23/012722 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/04/27/153749 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/12/06/164821