Heidegger/Arendt

戸谷洋志『100分de名著 ハイデガー存在と時間』 二十世紀最大の哲学書』「『素材と時間』を超えて」から。
ハンナ・アレントは「『存在と時間*1において描き出される人間のあり方、特にその他者との関係に、大きな問題があると考えていました」(p.101)。
アレントの「実存哲学とは何か(What Is Existential Philosophy?)」(齋藤純一訳)からの引用;


自己の最も本質的な特性は、その絶対的な自己中心性[Selbstischkeit]、それがすべての仲間から根底的に分離していることである。この本質的な特性を限定するためにハイデガーが導入したのが、実存論的なものとしての死への先駆けだった。というのも、死のうちでこそ、人間は絶対的な固体化の原理を自覚するからである。ひとり死のみが、人間をその仲間たる人びと――「世人」として彼が自己であることをたえず妨げる者たち――との結びつきから引き離す(後略)(p.245、p.181)

戸谷氏のテクストに戻ると、

彼女が問題視したのは、ハイデガーがすべての他者を「世人」として一括りにしてしまったことです。(略)ハイデガーにとって世人とは現存在を支配するものであり、そのとき現存在は非本来的な状態に陥っている、と考えられます。こうしたハイデガーの図式に従うとしたら、私たちにとっての「仲間たる人びと」までも「自己であることをたえず妨げる者たち」として捉えられるようになり、それはいわば「私」を堕落させる者、できることなら付き合わないほうがいい者と見なされてしまいます。
その結果、『存在と時間』で論じられる自己は、「それがすべての仲間から根底的に分離していること」、つまり仲間たちから孤立している、ということを特徴とするものになります。(略)「死への先駆け」は現存在が他者と交換不可能な存在であることを思い知らせ、現存在を単独化させます。そこでモデルとなっている人間観とは、仲間付き合いを堕落と見なし、独りぼっちで生きていくことこそが人間らしい生き方であると見なすものであると彼女は指摘するのです。(pp.102-103)
また、「実存哲学とは何か」から;

(前略)自らと同じ類の他者とともにこの地上に住まうことがもし人間の概念には含まれないとしたら、人間に残されるのはただ、原子化された自己たちにそれらの本性には本質的に疎遠な共通の基盤を提供する機械的な和解だけである。そのことから帰結しうるのはただ、決意によって受け入れた根本的な責めをなんとか行為へと移すために、もっぱら自ら自身に没入している自己たちを一つの超‐自己へと組織化することでしかない。(p.246、pp.181-182)

存在と時間』のなかで論じられた孤独な人間、すなわち他者とのつながりから切り離され、「原子化された」人間には、もはや親しい仲間と意見を交わしたり、連帯して活動したりすることができません。みんな独りぼっちだからです。そうした人々は、もともと馴染みのないイデオロギーによって「機械的」に統治されてしまいます。これらは、ナチスによる大々的なプロパガンダや、秘密警察や強制収容所による猜疑心と恐怖による支配を示唆しています。そこでは、ナチズムという一つの「超‐自己」へと人々が「組織化」されてしまい、もはや自分自身の独立した自己を維持できなくなってしまうのです。(pp.103-104)
因みに、アレントは「独りぼっち」を全否定しているわけではない。solitudeとlonelinessの区別*2

*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060108/1136730298 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070218/1171809771 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091116/1258370011 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091130/1259594080 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091212/1260644088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091223/1261595612 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100110/1263146695 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110111/1294728582 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110120/1295514427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110731/1312133286 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130523/1369282829 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141107/1415288740 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170906/1504668432 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170921/1505965976 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180417/1523932744 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180530/1527670001 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180605/1528212943 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180608/1528423805 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180618/1529290063 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/28/131057 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/02/23/012722

*2:See eg. https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20050630 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20061113/1163423052 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20061226/1167151875 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070420/1177093181 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20081209/1228825652 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/08/234216 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/12/13/103707 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/02/07/081228