「世界の縮図」としてのテニス・コート

若島正*1「真の形而上学の美 コートの中に」『毎日新聞』2020年3月22日


デイヴィッド・フォスター・ウォレス*2フェデラーの一瞬』の書評。これはDFWの「テニスにまつわるエッセイ五篇」を1冊の本にまとめたもの。


矩形のコートは、彼が育った、中部イリノイの直線で区切られた地形に見える。哲学教授を父親に持ち、大学で様相論理と数学を学んだ彼にとって、テニスとは単純化すれば平面幾何学が実践される場であり、風の向きや相手の位置やボールの角度などといった多数の要素を変数として、そこから一瞬のうちに最適な解を導き出さなければならない場でもある。そしてまた、テニスコートは現在の社会の縮図として、多国籍企業の広告があふれかえっている場でもある。
しかし、彼がそこまでテニスに惹かれるのは、なによりもそれが「この世でもっとも美しいスポーツ」であり、「真の形而上学的な美」を備えていると信じるからだ。その美を追求する者は、必然的に、どこか求道者めいた、宗教的な匂いを発散する。テニス以外のすべてを捨てているように見える。人並み優れた反射神経の持ち主でありながら、超一流選手に慣れないマイケル・ジョイスに対して、全方位的な視野を持つデイヴィッド・フォスター・ウォレスがこだわりを示すのもそこだ。