1980年代京都

山極寿一*1「なつかしい一冊 村上春樹著『羊をめぐる冒険』(上下巻)」『毎日新聞』2021年11月20日



羊をめぐる冒険*2は実は未読なのだった(汗)。
山極氏が回想する1980年代前半の京都の情景が興味深かったので、メモしておく。


この本を手に取ったのは1980年代の初期、ちょうどぼくが2年間のアフリカ滞在を終えて帰国した時だった。京都の街はまだ学生運動の余韻が抜けきらず、退廃的な空気が喫茶店や飲み屋に漂っていた。ページをぱらぱらめくると、主人公の男と昔つきあっていた、誰とでも寝る女の子が轢死したという話が出てきた。ぼくは、西岡恭蔵*3の「プカプカ」という歌を思い出した。「おれのあん娘はたばこが好きで、いつもプカプカプカ」で始まる。この娘は自分の寝た男たちに夜が明けるまで飲んでほしいよ言い、「あんたとあたいの死ぬ時わかるまで、あたいトランプをやめないわ」とつぶやく。70年代はそんな時代だった。街はどこか殺気立っていて、女と男の距離は今よりずっと近かった。
久しぶりの京都で、ぼくは下宿もなく、研究室に寝起きして暮らした。昼間はゴリラの調査のまとめをして、疲れるとジャズ喫茶で時間をつぶし、夜は仲間と飲み屋に繰り出す。それは2年前にやっていたことだ。でも、何かおかしいと感じた。人の言っていることはわかるのだが、返す言葉が出てこない。僕は無口になった。