航海術 by ULG

若島正*1「物語の海を旅する明晰なガイド」『毎日新聞』2021年9月4日


アーシュラ・K・ル=グウィン*2『文体の舵をとれ』の書評。
アーシュラ・K・ル=グウィンが、小説を書こうと志す十四人の生徒と一緒になって行ったワークショップをもとにする、小説教室」。


ゲド戦記』が多島海という世界を舞台にしていたことを必然的に思い出させてくれる、船の比喩は、原題にある「クラフト」という言葉が「船」を指すと同時に「技巧」も指すことから選ばれたもの。つまり、物語の海に乗り出すときに、どうやって技巧という舵をとるかが解説されているわけだが、物語の作者が船長だとするなら、わたしたち読者はその船の乗客になって、船長の舵さばきを楽しみながら航海をともにしてもかまわない。そのつもりでこの『文体の舵をとれ』を、ル=グウィンのガイドに従って楽しめば、あちこちに目を奪われるような景色が広がっているはずだ。
第5章「形容詞と副詞」について;

さらにこの章では、「形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書く」という練習問題も付いている。それは、「十四、五歳の孤高の航海者であったころのわたしが自分で考案したものだ」という。ル=グウィンのあの簡潔で明晰きわまりない文体は、そうやって若い頃から意識的に鍛え上げられた、その賜物だったのか、と感動に近いものを覚えずにはいられない。

ル=グウィンのこの本は、わたしたち読者の目も鍛えてくれる。小説がどのようにして書かれるか、作者のそうした技巧に、自然と目が向くように読者を導いてくれる。たとえば、好例として引かれている、ヴァージニア・ウルフの諸作品における視点人物の切り替え、物語に必要な大量の情報を無理なくもたらす情景描写の妙に、読者は技巧の大切さを教わるだろう。