露伴的

湯川豊*1「「時代の子」が日本経済の基盤を作った」『毎日新聞』2021年1月23日


幸田露伴*2渋沢栄一伝』(岩波文庫)の書評。
露伴渋沢栄一*3の伝記を書いた経緯についてはけっこう複雑な事情があるようだ。さて、湯川氏はこの本を「じつに風変わりな伝記」だという。「露伴の興味は、後に日本の経済界を作りあげたお男の、青年期に集中している」から。伝記は栄一が34歳で「大蔵省」を辞職したところで閉じられている。まあ、一橋家用人の平岡円四郎との出会いとか、徳川慶喜のバック・アップとか、今やっている大河ドラマも、これと同じ線なのでは?
湯川氏が「露伴らしい」と読み取っている部分。大蔵官僚としての渋沢栄一の仕事を巡って;


富岡製糸場の設立、地租改正。新貨幣の発行(まさに新一万円札の顔にふさわしいわけか)。それによって苦しまぎれに政府が発行した太政官札の消去、また各藩が出していた藩札の消去。銀行の設立援助、製紙工場の設立援助(これによって贋札を防止する)、株式取引所の創設準備、等々。
およそ日本経済の基盤をつくる事項で、大蔵官吏・渋沢の関係しなかったことはない、というぐらい多面的な仕事にまつわる挿話が述べられている。驚くのは、文豪と呼ばれる露伴の、数字理解のすごみである。まことに安直に出された太政官札を、新貨幣でどのように消去したかが、詳細に語られている。作家は秀れてリアリストなのだ。

しかし、本当に露伴らしい記述は、栄一が死の床にある父を見舞うシーンかもしれない。栄一が田舎の家に着くと、家の前は盛砂をして番手桶が置かれていた。それが徳川時代に貴人を迎える作法であったのを、露伴らしく的確に説明している。