鷗外の弟

渡辺保「劇評家の伝記を超えた文化史」『毎日新聞』2020年5月23日


木村妙子『三木竹二 兄鷗外と明治の歌舞伎と』(水声文庫)という本の書評。


森鷗外*1の弟で近代劇評の基礎を築いた三木竹二の評伝である。本名森篤次郎。筆名の「三木」は「森」の解体、「竹二」は「篤」のタケ冠を「竹」に「次男」の「二」である。

それまでの劇評は、「評判記」といわれる形式で、いわば印象批評であり、「批評」ではなく「評判」であった。三木竹二の仕事の重要性は、その「評判」を「批評」にした点にある。具体的にいえば彼はまず戯曲の評をもとにし、その「型」を検証分析することに「批評」の客観的な根拠を求めた。つまり「科学」にした。しかし一方彼はその描写力によって「批評」を「文学」にしたのである。彼の残した「型の記録」は後世のために正確を期すると同時にそれを読めばたちまちそこに舞台が蘇るような表現力を持っている。そこに竹二と彼以外の人の書いた「型の記録」の差がある。

(前略)森家の歴史という点で、この評伝は一個人の伝記を超えた読み物になった。一人の劇評家、演劇という一分野――そういう狭い専門的な世界を超えて一般的な読み物になったのである。さながら大河小説を読む如く、そこには明治の一家庭が現れ、家族の笑い声が、あるいは泣き声が聞こえる。しかもその向うには坪内逍遥尾崎紅葉幸田露伴はじめ多くの文学者が登場し、一方名優九代目團十郎や五代目菊五郎がいて、新派の名優伊井蓉峰や喜多村緑郎、さらに新劇を起こした小山内薫がいる。この本は「明治文化史」であり、もう一つの「明治演劇史」である。