- 作者: 丸谷才一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/03/28
- メディア: 文庫
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丸谷才一*1の遺作『持ち重りする薔薇の花』を数日前に読了。
裏表紙の(版元による)商品紹介に曰く、
ようするにこういうことだ。後に「経団連会長」にもなる「梶井」は某財閥系商社の米国法人社長時代の1970年代の紐育で、ジュリアードを出て クヮルテットを結成しようとしていた若い日本人の音楽家たちと偶然に知り合い、「ブルー・フジ・クヮルテット」と名付けられたクヮルテットのパトロン的存在となる。その「ブルー・フジ」の下ネタを含むエピソードを、関係者が生きているうちは公開しないという条件の下で、この小説の語り手でもある旧知のジャーナリスト「野原」に語る。上掲の商品紹介では言及されていないけれど、この小説では、「ブルー・フジ」のメンバーの話だけでなく、野原や梶井の人生にもかなりの紙数が割かれている。このことによって、この小説は、ミュージシャンたちの人間関係を超えた、より一般的な主題を提示することが可能になっているといえる。それを(この小説で使用されている)単語1つで表せば、「同僚」ということになる。私たちの多くは、好きか嫌いかに関わらず「同僚」と共にいるという仕方で社会のメンバーとならざるを得ないということ。
薔薇の花束を四人で持つのは。面倒だぞ、厄介だぞ、持ちにくいぞ――世界的弦楽四重奏団(クヮルテット)の愛憎半ばする人間模様を、彼らの友人である財界の重鎮が語りはじめる。互いの妻との恋愛あり、嫉妬あり、裏切りあり……。クヮルテットが奏でる深く美しい音楽の裏側で起きるさまざまなできごと、人生の味わいを、細密なディテールで描き尽くした著者最後の長編小説。
梶井の語り;
また、湯川豊氏*2のインタヴューに答えて、
彼の会社の前身である旧財閥会社の、戦前の大物がかう教えたといふ。
「会社員といふのは、会社のためといふ名目で不本意なことをしなければならないことがあるのを除けば、世間体もいいし、小ぎれいだし、収入もまあまあだし、ずいぶんよい職業だが、最大の難点はいやな同僚としょつちゆう顔を合わせなければならないことだ。自分はこのことでさんざん苦労したあげく、かう思ふことにして乗り切つてきた。仕事はおもしろいから趣味としてやつてゐるのである。そして会社から貰ふ給料はすべて、いやな同僚と顔を合わせることへの慰謝料として払はれ、受取つているのである。さう思つてしのいできた……」
野原は笑つて言つた。
「なんだか、恰好のつけすぎみたいな気がしますけど」(p.204)
小説家という職業について考えてみたんですよ。小説家が他の職業ともっとも違うところはどこか。それはいやな相手とつきあう必要がないということじゃないか。ふつうの職業では、仕事に愛着や執着があっても、同僚というのが大きな問題らしい。ところが小説家には同僚がいない。まったく一人きりの職業。運がいいというのか、孤独だというのか。とにかくめずらしい商売なんです。
日本の小説家が書く小説が、どうしてあんなに社会性がなくなるのか、理由の一つはそこにあると思うんです。社会と関係のない自己探求なるものにのめりこんだ。まあ、同僚がいないのはいっぽうで寂しいから、文壇というものを無理矢理に自分たちでつくりあげたんですが、これは社会の原風景にはならない、特殊な共同体というものでした。
そして小説では、何をやって暮らしを立てているのかわからない主人公を描いた。谷崎潤一郎も吉行淳之介もその手で書きました。それじゃあダメなんで、作中人物はきちんとした職業をもたなければいけないというのが、初めから僕の基本方針だったのです。(湯川豊「解説」、pp.223-224)
この小説でもベートーヴェンの弦楽四重奏はそれなりの役割を担う。そのベートーヴェンが大々的にフィーチャーされた映画として、ゴダールの『カルメンという名の女』*3をマークしておく。
社会生活では、職業のなかで同僚を強く意識する。いやだからといって、仕事をやめるわけにはいかない縛りがある。それが典型的にあるような職業は何だろうと長いこと考えていて、「あっ、カルテットのメンバーにすればいいわけだ」と思いついたんです。もちろん以前から室内楽が好きでしたけどね。(pp.224-225)
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*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130325/1364141796 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130406/1365204988 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130408/1365430783
*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070515/1179237549 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080220/1203509593 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080225/1203917434 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100316/1268711438 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141024/1414174357 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151211/1449811350 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151229/1451412427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161111/1478843587 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170511/1494459421