語り手の事情

小澤俊夫*1「グリム兄弟の語り手たち」『機』(藤原書店)381、p.22、2023


グリム童話*2に収められたメルヒェンは或る特定の個人が採集者のグリム兄弟に対して語ったものである。そのうちのひとり、ドロテーア・フィーマン*3を巡って。


グリム兄弟は、はじめのうちは妹ロッテの友達である近所の薬局の娘たちからメルヒェンを聞き書きしていたのですが、そのうちに、近郊の村、ニーダーツヴェールンから野菜を売りに来ていたフィーマンというおばさんと知り合いになりました。このおばさんは野菜を売り終わると、グリム兄弟の家でコーヒーを飲みながらメルヒェンを語ってくれたそうです。
「フィーマンはゆっくり語るので、聴きなれたら、誰でも聞き書きができるほどだった」と兄弟は書きのこしています。彼女が語った話としては、「忠実なヨハネス」、「かしこいエルゼ」「がちょう番の娘」などがよく知られています。
グリム兄弟は一八一九年、童話集第二版出版の際には、フィーマンの肖像画を巻頭に掲げました。庶民の肖像画が出版物の巻頭を飾ったのは、ヨーロッパでは初めてではないかと、あるドイツの民俗学者が述べていました。
グリム兄弟はニーダーツヴェールンのフィーマンおばさんから聞いた話だから、それはドイツの話だと疑わなかったのですが、後の研究では、フィーマンおばさんは、一六世紀にフランスから移民してきたユグノー*4の人たちの子孫だということが明らかになりました。ということは彼女が語ったメルヒェンは、フランス系の人たちの間で語り継がれてきたものだったということです。