「自分の頭」からの解放 - Living, Loving, Thinking, Again

森田真潮「まず他人の思考を借りること」『毎日新聞』2023年３月12日

哲学者、谷川嘉浩氏*1へのインタヴュー記事。

「私たちは、一人で考えると、簡単に考えたつもりになってしまいがちです。自分なりにまじめに考えて陰謀論に陥ったり、ネット記事に書かれていることを理解する前にかみ合わない意見を書きこんでしまったりする例は日常にあふれています」。その背景に原題のメディア環境を挙げる。インターネットに常時接続するデジタル機器に囲まれた私たちは、メールやSNS（ネット交流サービス）などさまざまなタスク（仕事）を次々に処理しながら、他人の反応ばかり気に掛けるアテンションエコノミー（関心経済）*2のただ中にいる。「どんな対象にも集中しない訓練をしているようなもの。意識しないと、考える以前に『きちんと聞く』ことは取り戻せません」
哲学の営みはそれとは逆に「他人の考えをインストールすること」だと説く。
「カントでも、私が専門としているデューイ（米国の哲学者）でも、過去の哲学者の書いたものは、ぱっと読んで面白いものではないし、訳が分からないところもある。でも、私がすぐに理解する以上のものがあるはずだと期待して読んでいくと、自分の常識を更新するチャンスが開けます」。先人に学び、思考パターンのレパートリーを増やしていくことを勧める。

性急に自分の意見を言う前に日々出会う人やものの複雑さに目をこらすこと。そうして思いもしなかったものを受け取るところから習や世の大勢に流されない思考や自己対話が始まる。戦争体験を踏まえて紋切り型の言葉遣いに警鐘を鳴らした鶴見俊輔 *3は、自身の体験をエピソードとして繰り返し語った。「小学校からの帰り道に中身も覚えていない話をしたこととか、あのときに見た絵に震えたといったことでもいい。アテンションエコノミーの中で見過ごされがちですが、私たちの生活の本分は、他の人とシェアしづらい、バズらない（広く話題にならない）体験やエピソードの方にあるのではないでしょうか」

*1:https://researchmap.jp/y-tanigawa See eg. https://www.kcua.ac.jp/professors/tanigawa-yoshihiro/

*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060920/1158716026 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/03/19/134441