三木への途（尾木直樹） - Living, Loving, Thinking, Again

尾木直樹 *1「なつかしい一冊　三木清著『人生論ノート』」『毎日新聞』2021年10月９日

曰く、

実は、私の高校時代は平穏無事ではなかった。高校入試直前に急病に襲われ大失敗。失意の中、入学した高校で暴力教師に遭遇し、反発のあまり授業ボイコット。それが原因で父親の転勤先・高松の高校に編入できず、留年となった。
前籍校と同じ教科書を使用しての２度目の授業に、私は強い孤独と疎外感を覚えた。若者らしい正義感と理想に焦がれる一方、実生活ではそれらを少しも体現できない葛藤に思春期特有のイライラも加わり、私は怒りの澱を抱え込んでいた。
こうして精神的ひきこもりに陥った私は、読書の世界に逃避していった。気付くと、放課後の私の居場所は近くの県立図書館に。ほぼ毎日３年間通いつめ、書架の本を読み漁っていた。（略）
同時に、私は哲学の世界に強く惹かれ始めていた。理想が無ければ、世俗に流されるだけ。人生いかに生くべきか。ニーチェやサルトルに加え、戸坂潤ら唯物史観の哲学者を通して、私は現実と向き合う理想主義とヒューマニズムを求めていった。その中で導かれるべくして出合ったのが、私の人生の羅針盤ともなった、三木清 *2の『人生論ノート』である。

「死について」「幸福について」に始まり「旅について」「個性について」で終わる23篇の哲学的エッセー集である。現実分析は鋭いものの現実に屈する主張も多い中、彼は「理想を掲げることで哲学は初めて現実を変える力を持つ」と看破。唯物史観に根づく理想主義者にしてヒューマニストの三木に私が惹かれたのは、ある意味の必然だったのかもしれない。極めて実践的哲学者であったが故に、彼は戦時中の１９４５年、治安維持法違反で検挙。８月15日の終戦を迎えても尚、釈放されず、なんと約1カ月後の9月28日に獄中死――。それだけ権力は彼を恐れていたのだ。

人生論ノート (新潮文庫)

作者:清, 三木
新潮社

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