「国家」以前（鶴見俊輔） - Living, Loving, Thinking, Again

作者:鶴見俊輔
出版社/メーカー: 藤原書店
発売日: 2015/11/25
メディア: 単行本

鶴見俊輔 *1「高野長英、安場保和、後藤新平」*2（in 『まなざし』藤原書店、2015、pp.146-150）

曰く、

国家が社会の前からあるという想定が、大学を頂点とした明治初年以来の日本の教育体系をつらぬいて今日に及ぶ。
おたまじゃくしにも、社会はある。どうして、はじめから国家があり、社会の前に置かれるのか？
大正時代の生物学者丘浅次郎の『猿の国から共和国まで』に読みふけった私には、こどものときからつまづきの石だった。（p.147）

これは、タイトルで挙げられた人物ではなく横井小楠に言及した次のようなパッセージに続くものである；

一八五三年、黒船がきたとき、小楠は、横暴な君主をしりぞけて自分たちの国をひらいた、そういう国からきた船だ。この考え方は、私たちの儒教とおなじだ。おたがいに、話せばわかるだろうと言ったそうだ。
だから、と彼は言った。私たちは、今までの教え（儒教）を捨てる必要はない。ところが彼は、基督教を日本に入れようと目論んでいる、と言いがかりをつけられて、暗殺された。
小楠の高弟元田永孚が原案を寄草し*3、時の文部大臣でおなじく熊本藩出身の井上毅の時に発布された教育勅語 *4は、師の横井小楠とはおもむきを異にする。それは、国家の権をにぎるものに、臣としての義務を要請するもので、やがて、昭和の「戦陣訓」*5では、その論旨がさらに鋭く明白になる。
臣下のもつ主君への諫争の義務は、考慮の外に置かれる。
私の育った時代に、国家社会のために努力してくださいというあいさつを含む手紙を、戦前から戦中にかけてよくもらったもので、そのいやな印象は、敗戦後長くたった現在、もう一度「民主主義」の下によみがえっている。（pp.146-147）

*2:初出は『環』29、2007

*3:sic.