境界人の死 - Living, Loving, Thinking, Again

“Putin's ultranationalist ally and clown Zhirinovsky dies at 75” https://www.bbc.com/news/world-europe-61008292
The Associated Press “Russian nationalist leader Vladimir Zhirinovsky dies at 75” https://www.france24.com/en/europe/20220406-russian-nationalist-leader-vladimir-zhirinovsky-dies-at-75
Mark Trevelyan “Russian far-rightist Zhirinovsky dies at 75, saluted by Putin” https://www.reuters.com/world/europe/russian-far-right-politician-vladimir-zhirinovsky-has-died-parliament-speaker-2022-04-06/
Jonathan Steele “Vladimir Zhirinovsky obituary” https://www.theguardian.com/world/2022/apr/06/vladimir-zhirinovsky-obituary

まあ、道化者の死、でもよかった。最初に読んだBBCの記事のタイトルの「プーチンの超国家主義的同盟者にして道化者」というのを見て、思わず笑ってしまった。しかし、山口昌男 *1の弟子を自称する者としては、「道化」という言葉をネガティヴな意味で使うことに抵抗があるというのも事実だ。
話を戻すと、露西亜の極右政党「自由民主党」の指導者、ウラディミール・ジリノフスキー *2が死去した。享年75歳。新型コロナウィルスに感染して、２月以来入院していたという。
彼が1990年代に新生露西亜の極右運動のリーダーとして世界のメディアの前に登場したとき、まさに「道化」としてお笑いの対象だった。しかし、いまや露西亜国家主流の見解がジリノフスキーのそれを吸収し、ウラディミールZなのかPなのか、よくわからないということになっている。ウクライナ侵略も核による恫喝も最初に提案したのは彼だった。彼は疎外された小政党のボスなどではけっしてなく、エスタブリッシュメントなのだった。その死に際しては、大統領プーチンが心からの追悼の辞を述べ、露西亜正教の高僧がその葬儀を行なうことが決まっている。おまけとして、外国の「自由民主党」も露西亜の「自由民主党」に近づいたということもある*3。
さて、ウラディミール・ジリノフスキーは境界人（marginal man）*4だと言えるだろう。彼は反ユダヤ主義的言動やユダや陰謀理論的な言動も行なったが、実は、ユダヤ人の父と露西亜人の母の間にカザフスタンで生まれた。また、「自由民主党」を始める前は蘇聯官製のユダヤ文化団体の職員だった。父親は、彼がまだ幼かった頃、離婚して、独りイスラエルに移住し、その地で生命を終えた。Zhirinovsky というのは母親の最初の夫の姓。イスラエル政府の規定などでは、ユダヤ人のアイデンティティは母系を通じて継承されることになっているので、彼はユダヤ人ではない。しかし、非ユダヤ人からの視線はまた違う。つまり、彼はユダヤ人であるのにユダヤ人ではないという境遇にあるのだった。また、彼にとっては、ユダヤ人という属性が、まだ幼い自分を捨てて国外へ去ってしまった父親と結びついているかも知れないと想像することはできるだろう。彼の後の反ユダヤ主義や露西亜という属性への過剰な同一化と、このような彼のマージナルな実存的境遇と幾分かの関係があったのではないかと想像することはできないのだろうか？　勿論、それに還元することはできず、久しぶりにハンナ・アレントの「パーリアとしてのユダヤ人：隠された伝統」*5に目を通してしまった。