コーンな話

承前*1

大井浩一*2「ヤクルト優勝とデビュー秘話」『毎日新聞』2021年11月28日


村上春樹さんに関わる最近の大きな話題といえば、東京ヤクルトスワローズの8年ぶりのセ・リーグ優勝だろう」。


ここで思い浮かんだのは、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)で10月9日に開催された、村上さんと作家の小川洋子さん*3による朗読イベントである。小川さんは、ヤクルトと優勝争いを演じた阪神タイガースの熱烈なファンだけに、朗読の合間のトークではプロ野球が話題に上り、その際も村上さんは「今年は絶対、ヤクルトは最下位だと思っていた」と語った。
ある種の「自虐」的な言葉の端々から「スワローズ愛」がひしひしと伝わってくるのは、村上ファンにはおなじみだろう。球団創設29年目にしてヤクルトが初のリーグ優勝を果たした1978年、開幕ゲームが行なわれた神宮球場の外野席で村上さんが小説の執筆を思い立ったことも。その小説『風の歌を聴け』で翌79年、群像新人文学賞を受賞し、デビューすることになる。

イベントで村上さんが朗読した2作のうちの一つは、掌編「とんがり焼の盛衰」(83年、作品集『カンガルー日和』所収)だった。そして、この日の発言で一番興味深かったのが同作に関する作家自身の解説である。これまでにも、例えば英訳版がオリジナルの短編集『めくらやなぎと眠る女』の序文で「一見してわかるように、小説家としてデビューしたときに、文壇(literary world)に対して抱いた印象をそのまま寓話化したものである」(2009年刊行の同書日本語版)と書いていたが、筆者にはピンとこなかった。

主人公の「僕」が名菓「とんがり焼」の新製品募集に応募し、製菓会社内で「好評」を得たものの、最終的な評価は醜悪な「とんがり鴉」たちに委ねられ……というナンセンスな「大人向け童話」といった趣の話だ。「本物のとんがり焼」でなければ満足せず、「とんがり焼!」と連呼するカラスたちの姿がいかにもグロテスクである。
朗読を前に、村上さんは「冗談めかしているけど、ほとんど実話です」と話し、読み終えた後、「カラスたちはまだ元気に活躍しているみたいです」とコメントを加え、笑いを誘った。新人賞を取った際、出版社の幹部から「君の書いたものはいろいろ問題はあるけど、まあ頑張ってくれたまえ」と言われたエピソードを紹介し、「その頃は純文学が主流で、僕のは純文学とはちょっと外れたところにあったので」と説明した。
つまり、「とんがり焼」は純文学のパロディーなのだ。すると、カラスたちは古株の作家や文芸評論家ら文壇の中枢を占める人々ということになるだろう。ただ、当時から村上文学を読んできた筆者にとっては、そもそも村上作品が純文学の主流から「外れたところにあった」感じはあまりしない。それは80年前後の文壇に、何か歴史的な深い断層が生じていたせいなのか。今後も考えていきたい。
因みに、村上春樹芥川賞を受賞していない。