小川洋子on 「ムカサリ絵馬」

小川洋子*1「東北に残る死後婚という風習 作家・小川洋子が出合った「ムカサリ絵馬」とは」https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191004-00000047-sasahi-life


小川さんは2013年に「ムカサリ絵馬」を求めて、青森県岩手県山形県を旅行した。「ムカサリ絵馬」との出会いは長編小説『小箱』を書く契機となった。


初めてムカサリという言葉を耳にした時は、当てはまる漢字も思い浮かばず、もちろん意味も分からなかった。その音の響きは、他のどんな言葉とも似ておらず、鼓膜に不思議な感触を残した。たとえ辞書に載っているとしても、広大な言葉の海の片隅で、ひっそり孤島に閉じこもっているのだろう、と勝手にそんなイメージを抱いた。

 専門家に伺うと、ムカサリとは結婚や花嫁を指す東北地方の方言なのだが、大事に育てた娘が嫁に迎えられ、去ってゆく、向こうへ去る、という意味合いを含んでいるらしい。響きがどことなく寂しげなのは、やはり見送る立場の言葉だからかもしれない。

 そしてムカサリ絵馬は、未婚のまま若くして亡くなった我が子が、死後の世界で結婚できるよう、婚礼の様子を描いてお寺に奉納されたものである。そこには、死んだあとでも成長してほしい、結婚式を挙げて一人前になってほしい、と願う親の気持が込められている。

 地方によっては供養絵額や、ガラスケースに納めた花嫁・花婿人形が奉納されているところもある。幸せの形は結婚式に限定されるわけではない。供養絵額には、立派な座敷でご馳走を前にお酒を酌み交わしている一家の宴や、綺麗な着物を着た女性が幼子と遊んでいる様子が、色鮮やかに描かれている。この世では出会えなかった者たちが、あの世で一緒になって楽しんでいるのだ。あるいはガラスケースの中には、死後の世界で成長する子どものために、玩具や文房具、大人になった証の煙草や車の模型が納められたりする。

「ムカサリ絵馬」は川村邦光氏の『弔いの文化史』*2でも論じられていた筈。