年下だからではなく

石渡嶺司*1「硫酸男・犯行の動機は「タメ口」だった?~大学生が直面する年齢ギャップ問題」https://news.yahoo.co.jp/byline/ishiwatarireiji/20210830-00255772


ここで「硫酸男」と呼ばれている、白金高輪駅硫酸襲撃事件*2の花森弘卓は被害者が自分に対して「 タメ口」を利いたことを根に持っていたと伝えられていた。
さて、「タメ口」か「敬語」*3か問題というのは「大学生」にとっては(古くからの)悩ましい問題であるらしい;

さて、このタメ口問題、大学生が直面する、ささやかな(だけど、当人にとってはそれなりに深刻)問題として古くからあります。

大学生はそのほとんどが高校に所属しています。高校時代は「学年の差=年齢の差」という分かりやすい構図で生活します。

体育会系部活だと上下関係が厳しく、それ以外の部活・課外活動などでも先輩・後輩の別をしっかりと分ける高校生が大半でしょう。

ところが、大学に入ると、この「学年の差=年齢の差」が一気に崩れることになります。

主なパターンとしては、浪人、高卒・短大等卒出身者との混在、後輩側からのイジリ、3点が挙げられます。

まず1点目ですが、難関大学や国立大学を中心に浪人生が一定数います。同じ学年だけど年上、あるいは、サークルの先輩学生が実は年下、ということも起こり得ます。

2点目は、アルバイト先では指導する先輩アルバイト・社員が実は年下だった、ということは十分起こり得ます。アルバイト先で指導する先輩アルバイトや社員が高卒・短大卒などで職務経験が長いこともあるからです。

3点目は、後輩学生による先輩学生へのイジリです。これは後輩学生側からすれば先輩学生に親しみを感じるものと、先輩学生を小馬鹿にしているものと、それぞれがあります。まれに本人が普段から敬語を使わない、芸能人で言えば、フワちゃんや、一時期のローラ、りゅうちぇるなどにその言動が似ています。

花森容疑者の場合、現時点で出ている情報としては被害男性がサークルでの後輩とのことなので、3点目の「後輩側からのイジリ」になるでしょう。

いずれのパターンも、高校までの「学年の差=年齢の差」という価値観の社会では直面することがほぼありません。

私は浪人せずに、所謂「現役」ということで大学に入ったのだけど、高校の1年先輩が一浪して同期生として入学しているということに気づいたのだけど、どう対応すべきか、戸惑ったということがあったよ。
それはさておき、「タメ口」で話しかけられるのは嫌だな。それは、年齢等々の上下関係ということではなく、たんに馴れ馴れしいぞ! ということなのだ。石渡氏は「【敬語!?】現役大学生が感じた現役生と浪人生の違い」という東北大生のblogエントリーを援用しているのだが*4、この人は「敬語で話されると心理的距離が出来てしまうこと、自分が浪人生であることを常に認識させられるために敬語で話されることは普通にやめて欲しいです」と述べているけど、「心理的距離」の保持こそが「敬語」(丁寧語)の効用なのだ。「タメ口」は「心理的距離」を撤廃するかも知れないけど、それはとても暴力的なことだ。女性にとって、付き合ってもいない男がいきなり自分の腰に手を回してくることはセクハラ以外の何物でもないだろうけど、親しくもない他者に「タメ口」を利くというのも、それと同じようなものだ。だから、他人から「タメ口」で話しかけられるのも嫌だし、他人に対しても基本的にはですます調で話す*5。勿論、詰問とか命令といったモードで言語を使用するときにはこの限りではない。
石渡氏曰く、

タメ口問題については、実は本記事執筆者の私・石渡も直面したことがあります。私は大学受験で2浪・東洋大学に入学しました。

1990年代後半はまだ浪人が多い時代でしたが、入学した東洋大学早慶・国立大などに比べれば浪人生はごく少数しかいませんでした。確か、私の入学先である社会学社会学科で浪人出身者は私以外に数えるほどしかいなかった、と記憶しています。

ただ、私は入学時点で、このタメ口問題にあれこれ悩むことはありませんでした。前記の東北大生ブログにあるように、年齢差を気にして心理的な距離が生まれても意味がありません。何よりも、大学受験で浪人したのは私の責任です。他の学生は私が浪人したかどうか、など無関係です。それなら、同級生やサークル・ゼミの先輩学生(かつ年下)からタメ口だったとしても、あれこれ気にするより受け入れた方が話は早い、と考えた次第。

それと、ここまで割り切れたのは、浪人時代の経験も大きかったです。

当時、通っていた代々木ゼミナールで、少しばかり仲良くなった受講生がいました。それで、この受講生がノートだったか、テキスト・参考書のコピーが欲しい、とのことで、私はこれに応じたのです。その答え方がおそらくはタメ口だったのでしょう。そして、この受講生はイラっとしたのか、「年上に対して、そういう話し方は良くない。俺は体育会系だからそういうのはきちっとしていたし、その方が君のためにもなる」とお説教。付言すると、彼が年上であることはそのとき、はじめて知りました。その場では「それはどうもすみません」と流しましたが、帰宅すると、私の方がイラっとしました。

年上であることはそのとき初めて知りましたし、そもそも、同じ浪人という時点で立場は同じはず。年齢がちょっとばかり上だからと言って、物を借りようとする人間にお説教?

コピーを渡す際に、「年齢がどうこう、マナーがどうこうというが同じ浪人生のはず。『君のため』とのことでしたが余計なお世話ですし、今後は話しかけないでください」と伝えて、それっきりとなりました。

この年上の受講生は背後でゴニョゴニョ言っていましたが、無視したのは覚えています。その後、教室などで見かけたかどうかは20年以上も前の話なので覚えてはいません。

これを読んで、思い出したのだけど、「タメ口」には権力が絡んでいるということだ。橋本治*6(たしか『ちゃんと話すための敬語の本』だったか)は、世の中には、「タメ口」を利く自由を有する人間と「タメ口」を利く自由がない人間が存在すると指摘していた。つまり、上司とか先輩といった優位者は部下とか後輩といった劣位者に対して、「タメ口」で行くのか、それとも丁寧語で行くのかを選択する特権を有している。他方、劣位者にはそうした選択権がない*7

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150608/1433781907 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160408/1460125817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170912/1505232987 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180502/1525229329 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180515/1526363020 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180905/1536120552 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/08/103336

*2:See https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/26/204841 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/28/012119 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/28/142058 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/29/072713 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/31/145949 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/09/02/101456

*3:というよりも、丁寧語といった方が適切だろう。

*4:https://www.totoro-wing-586.com/entry/gennekiroouninn/

*5:英語で話すときも、willやcanやmayじゃくなて、wouldやcouldやmightといった過去形の助動詞を多用していると、ネイティヴの人に指摘されたことはある。

*6:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20061012/1160664502 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070904/1188907461 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090816/1250443444 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131003/1380818040 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131022/1382369352 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170722/1500688754 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/30/095719 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/01/31/095604 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/18/040631 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/20/112124

*7:所謂「ス体」というのは、「タメ口」と「敬語」を巡るあからさまな権力性を幾分か緩和するものであるかも知れない。See https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/17/134307