伊藤直『戦後フランス思想』

伊藤直『戦後フランス思想』*1を先日読了した。


まえがき


序章 ナチ・ドイツからの解放
第1章 時代を席捲する実存主義――サルトル
第2章 不条理と反抗――カミュ
第3章 「女性」とは何か――ボーヴォワール
第4章 世界と歴史へのまなざし――メルロ=ポンティ
第5章 知られざる領域――バタイユ
第6章 せめぎあう思想と思想
第7章 歴史の狂騒との対峙
終章 自由で新たな解釈へ


あとがき
ブックガイド
関連年表

第2次世界大戦後の仏蘭西思想の紹介。採り上げられるのは、ジャン=ポール・サルトルアルベール・カミュシモーヌ・ド・ボーヴォワール、モーリス・メルロ=ポンティジョルジュ・バタイユの5人。これらの人々の特徴として、メルロ=ポンティを除いて、皆、哲学と文学の境界を股にかけていたということが言える。第6章と7章では、これらの人々の間で繰り広げられた論争が採り上げら得る。
なお、「戦後フランス思想」の終わりとして位置づけられている事件は1962年のレヴィ=ストロース『野生の思考』*2の刊行である(p.236ff.)。「人間は歴史を作る――こうした時代の共通認識に異を唱えて、戦後フランス思想のターニングポイントを作ったのが、レヴィ=ストロースである」(p.235)。「人間は公道によって自分自身を、自らの人生を、さらには自分たちの歴史を作るといった、人間の主体性に軸を置く実存主義の心臓部に、『野生の思考』が一矢を放ったのは間違いない」(p.242)。

時を同じくして、いわゆる「ヌーヴォー・ロマン」(新しい小説の意味)の台頭により、仏蘭西の思想界のみならず文学界も転機を迎える。その代表的な作家を挙げれば、アラン・ロブ=グリエナタリー・サロートミシェル・ビュトールクロード・シモンなど。彼らは必ずしも一つの劉派を形成していたわけではないが、その中心にいたロブ=グリエは、『野生の思考』出版の翌年にあたる一九六三年に、評論集『新しい小説のために』を発表している。そこでは、ヌーヴォー・ロマンは「人間と世界との新しい関係を表現(ないし創造)することができるような、新しい小説形式を探究するすべての作家」の呼称であると定義されている。さらには、サルトルカミュを念頭に置きながら、ヌーヴォー・ロマンの旗手は次のようにも述べる。「世界は無意味でもなければ不条理でもない。ただ単にそこに「ある」だけなのだ」。
このように、ロブ=グリエは、『嘔吐』や『異邦人』の作者のが見出した世界の無意味さや不条理など、もはや、あるいはそもそも存在しないと宣言する。そこで目指されるべきは、世界に対する人間的あるいは主観的な意味づけをそぎ落して、事物を綿密に描き抜く清時代の小説である。
こうして、首尾一貫したストーリーの欠如、心理描写や登場人物の性格の消失、客観的な事物描写の徹底などを特徴とする実験的で前衛的な小説が、続々と誕生していく。あたかも、サルトルカミュが探究した文学と哲学の総合や、作家は自らの政治的、社会的意見を表明することで、自らの時代と一つになるといったアンガジュマンの理論を、過去へ追いやらんとするかのように。(pp.242-243)
ところで、実はこの本では当時の仏蘭西で支配的だった〈思想〉は主題的には語られていない。それは、当時の体制思想としてのドゴール主義の思想であり、裏体制思想としての仏蘭西共産党の思想(スターリン主義)である。